第八十三話 未来への一歩
翌朝、朝霧が晴れるよりも早く、
応接室には再び魔王国の面々が集まっていた。
俺は図面を片付け、集まった一同を見渡して声を張り上げる。
「決まったな、早速今日から動き出すぞ。善は急げだ!」
おじさんの威勢のいい声に、
元勇者一行の四人が緊張と期待の混ざった顔で背筋を伸ばした。
俺はまず、長机の奥に座るゼフェルへと視線を向ける。
「ゼフェル、政任せてばかりですまんが頼む」
「はっ! このゼフェル、八起殿の深遠なる国家大計、
しかと引き受けました!
この内政の基盤こそが、
いずれ世界を揺るがす乾坤一擲の布石となるのでしょう……!」
ゼフェルが相変わらず何かを勘違いして熱い涙を流しているが、
俺は慣れた様子でスルーした。
次に、書類を抱えて早くも実務モードに入っている秘書官へと向き直る。
「ルナリアはガルードとインフラ整備の進行頼む」
「もう、言われなくても分かっています!
魔石の備蓄と通関ルートの確認、
役人どもを叩き起こしてすぐに取りかかりますから!」
ルナリアがそっぽを向きながらも、頼もしく書類を叩いた。
俺はそのまま、隣で尻尾をブンブンと振っている狼耳の少女へ目を移す。
「ガウラは……。犬たちの世話だな」
「任せて、ボス!
大きいお友達も子分たちも、あたしがばっちり仕込んでおくよ!」
ガウラが拳を握って胸を叩き、忠犬のような笑みを浮かべた。
俺は満足そうに頷き、最後にどっしりと構える老雄へと向き合う。
「将軍はセシリアの事頼むよ」
「……フン、口先だけではないようだな。徹底的に、しごいてやるわ」
ガルム将軍が厳しい本気度で睨みつけると、
その隣に立つセシリアが「よろしく頼みます!」と決然とした声を上げた。
俺はその覚悟を見届け、蜘蛛の給仕へと声をかける。
「シオリはノエルの事頼む」
「はぁい、おじ様ぁ。
ノエルちゃんに、私の魔糸の扱いをみっちり教えてあげますわぁ……ふふぅ」
シオリがおっとりと微笑む中、
ノエルはこれからの裁縫修行に目を輝かせて頭を下げていた。
一通りの現場配置を終えた俺は、残った二人を呼び寄せる。
「コウタロウ、メル、ひとまずガラクタ部屋で打合せするぞ」
「はい、師匠!」
「ガラクタ部屋……気になる……早く……行こ」
メルは視線を向けたままソワソワしている。
俺は挑戦的な笑みを浮かべ、二人を連れて応接室を後にした。
魔王城の深い廊下を歩きながら、目指すのはかつての宝物庫だ。
今では宝物庫に眠っていた品々をそのままに、
俺が敷布団を敷いて自室としている。
重厚な扉を開けると、そこには用途のよくわからないものが散乱していた。
他人が見れば廃棄場、汚れた金属片や
無骨な塊が無造作に積み上がっている。
誰の目にもただのガラクタの山にしか見えない。
「すっげえ……。師匠、ここ本当に宝物庫だったんですか?」
「前魔王が置いてったガラクタばかりだがな。
俺にとっては、お宝の山みたいなもんだ」
俺は中央へ二人のために場所を作った。
シオリに細かく説明して作らせた、
綿のたっぷり詰まった極上の座布団。
コウタロウはその感触に驚きつつも、すぐに真剣な顔になって正座した。
「よし、それじゃあまずは今後の進め方について打合せだ」
俺は手帳を開き、鉛筆を手にする。
部屋に入るなり、壁際に積まれた用途不明の山に釘付けになっている
メルへ視線を向けた。
メルは興味津々な眼差しで、
ただの円筒にしか見えない塊をじっと眺めている。
「メル、お前はここで魔道具の研究だったな」
「……これ、何? ……わからない……気になる」
メルが細い指先を伸ばし、その得体の知れない金属の塊に触れようとする。
「待て、メル。不用意に触るんじゃねえぞ。
前魔王のガラクタの中には、触ると危ねえ呪い付きのやつも
混ざってるかもしれねえ」
俺はそう言ってメルを制止し、自らその薄汚れた塊にそっと手を触れた。
触れた瞬間に頭の中に浮かび上がる正確な効力。
何に使う道具かは分からないが、
俺には触ったものが魔力に関係するものなら、
どんな効果があるかだけは脳裏に浮かぶ。
「これは魔力を曲げる効果があるな。曲げるってどういうことだ……。
こっちの札板に見えるやつは、魔力を変換する効力……変換?」
「触ると危なそうやつは俺が仕分けるから、大人しく待ってろ」
「……感謝……私……ここで……これ……見てる」
淡々と話すメル。そのままガラクタの山の前に座り込み、
指示を待ちながら興味深そうに塊を観察し始めた。
「さて、次はコウタロウ。お前のラーメンだな」
「はい! 僕、やっぱりあの味が恋しくて。
この世界にないなら、自分で作るしかないって思ったんです」
「その意気込みは良し。だがな、現場を舐めちゃいけねえ。
日本じゃ当たり前に手に入った中華麺や、ガラスープも、ここには存在しねえんだ」
俺の言葉に、コウタロウはハッとした顔になった。
この世界には、かんすいもなければ、出汁を取る文化すら乏しい。
水分の抜けた硬い保存食が当たり前の世界なのだ。
「麺を作るには、まず『小麦粉』の選定と、麺にコシを出すための『かんすい』。
この世界に存在しないから無いものは作るしかない、
代用は植物を燃やした灰から抽出する液体だ。適した草を探さないとな」
「灰……。そんな物から作るんですね」
「当たり前だ。職人の仕事は、材料を集めるところから始まる。
スープも同じだ。そこらの鳥や魔獣の骨じゃ、日本の旨いスープに遠く及ばねえ。
この世界で手に入る多種多様な食材を試していく必要がある」
俺の真剣な現場の言葉に、コウタロウの瞳に再び熱い炎が灯った。
一人の開発者としてその男の大きな背中を見つめる。
「やります。師匠と一緒に、最高のラーメンを完成させたいです!」
「おう、その返事を聞きたかった。
まずは、城下町の市場を回って、麺の試作に使える材料を片っ端から集めるぞ」
「はい、師匠!!」
コウタロウの元気な声が、ガラクタ部屋の天井に響き渡る。
その隣では、メルが危険を避けながら静かに金属の塊を見つめていた。
全く対照的な二人の弟子を前に、八起は心地よい現場の忙しさを予感し、
小さく笑みを浮かべた。




