第八十一話 こ、これが魔王城
「荷台に乗れ」
おじさんはそう言うと、店舗の搬入口の脇に停めてあった
白い箱の元へと歩き出した。
地球の軽トラの形を模した魔導車両だ。
おじさんは運転席に乗り込み、
僕たちに荷台へ乗るよう手で短く指図する。
西日に照らされたその無骨な白い車体は、
馬車を見慣れた彼女たちにとって、
未知の遺物のようにも見えたに違いない。
「コ、コウタロウ、本当にこの箱に乗るの……?」
ノエルが法衣の裾を気にしながら、
怯えたように白い荷台を見つめた。
その震える指先は、軽トラの頑丈なアオリの
部分に触れることすら躊躇っているようだった。
セシリアも甲冑を強張らせ、
メルだけは大きな帽子を押さえて好奇に緩んだ口元を見せていた。
「これに……乗る?」
聖法国で最高の教育を受け、奇跡を信じてきた三人にとっては、
馬のいないこんな妙な乗り物は、生まれて初めて見る
未知の魔導具でしかなかった。
内部から聞こえるかすかな魔力の駆動音すら、
彼女たちの心を揺さぶった。
「大丈夫だよ、めちゃくちゃ面白いから!」
僕は久しぶりに声を弾ませて、
慣れた様子でひらりと荷台へと飛び乗った。
聖法国での追放のショックやどん底の絶望から、
バーガーの美味さによって救い出された僕は、
地球の記憶そのままの軽トラの荷台に、
かつてない安心感を覚えていた。
三人も顔を見合わせ、恐る恐る僕の後に続いて
荷台へと這い上がってくる。
鎧や法衣がアオリに擦れてガシャンと硬い音を立てるたび、
彼女たちはびくりと身体を揺らした。
おじさんがペダルを踏むと、軽トラは静かに動き出した。
軽トラが静かな唸りを上げ加速する。
道中の景色が、心地よい速度で後ろへと流れ去っていく。
ガタゴトと揺れる馬車とは根本的に違う、地を這うような加速感。
肌に当たる新鮮な風が、この数ヶ月間、
聖法国でずっと気落ちしていた四人の心を
優しく洗い流していくようだった。
理不尽な政治や不気味な違和感に押し潰されそうになっていた僕らの心が、
スピードを上げる白い箱の上で、少しずつ軽くなっていく。
やがて、重厚な外城郭の巨大な門を抜ける。
魔王国の卓越した防衛線である漆黒の大城壁。
その頑丈な門が開かれ、軽トラがその先へと進む。
広がっていたのは、視界のすべてを埋め尽くさんばかりの
広大な農地だった。
どこまでも続く緑の地平線。
聖法国の大草原とは違い、そこには徹底的に管理され、
実りをもたらすための力強い大地の営みがあった。
「すげえええ! 何だあのアレ!?」
僕とメルは荷台のフチに手をかけ、
子供のように目を輝かせてはしゃぎだした。
視線の先には、見たこともない巨大な魔導重機――
ギガントが、大地に鎮座している。
「ちょっと、コウタロウ! 危ない!」
「落ちるぞ、コウタロウ!」
「帽子……飛ぶ……」
大興奮で身を乗り出し、今にも荷台から転げ落ちそうな僕を、
ノエルたちが慌てて後ろから引き止める。
聖女も聖騎士も魔法使いも、未知なる世界の入口に
思いを膨らませながら僕の服を掴んでいた。
車内からは、おじさんの呆れたようなため息が
微かに漏れ聞こえてきた。
「まったく、ガキどもは騒がしいな」
とでも言いたげな、ミラー映る八起の真顔が
僕たちにはたまらなく頼もしかった。
さらに進み、内城郭の門をくぐり抜ける。
そこには、聖法国の静けさとは全く違った、
活気のある賑やかな声が響き渡っていた。
行き交う種族たちが、笑顔で活発に声を掛け合っている。
角を持つ者、牙を持つ者。
かつて聖法国の教会で「邪悪な魔族」として討伐を
義務付けられていた者たちが、ここでは額に汗して荷物を運び、
現金を数え、まっとうに生活を営んでいた。
軽トラはそのまま城門をくぐり、広々とした中庭へと進入した。
そこには、出番を待つ何十台もの魔導荷車が、整然と並び立っている。
八起が隣国の辺境伯と交渉し、完全妥結して勝ち取った
一大流通インフラの結晶が、夕暮れの光を浴びて厳かに列をなしていた。
「すごいだろ。各地の人と、この城下町の人たちがみんなで作ったんだぞ」
おじさんは運転席からバックミラー越しにそう声をかけ、
そのまま軽トラを王城の入り口の前へと滑り込ませ静かに停車させた。
「着いたぞ」
おじさんが運転席から無造作に降りてくる。
ドアを閉めるパタンという乾いた音が、静かな中庭に響いた。
「こ、これが……魔王城……」
僕は軽トラの上から、目の前にそびえ立つ王城の威容と、
中庭の圧倒的な車列の光景に、ただ呆然と言葉を失うしかなかった。
天を突き刺すような黒い王城の威風堂々とした佇まい。
そして、機能美に満ちあふれた車両の群れ。
聖法国がどれほど着飾ろうとも真似できない、
現場の熱量が生み出した新しい時代の中心地が、そこにあった。
「……まぁ、詳しい話は後だ。お前ら、まずはその
薄汚れた旅の格好をどうにかしてこい」
おじさんはいつもの真顔のまま、僕たちを促して城内へと案内していく。
その背中を追いながら、僕の心には確かな安心感が満ちていた。
もう自分たちを縛る偽りの光も、不気味な違和感もない。
泥臭くも圧倒的に誠実なこの八起のいる場所こそが、
これから生きる自分たちの本当の居場所なのだと、
僕は強く確信していた。




