第八十話 よっ!元気か??
――レオンハルト辺境伯の帰還後、魔王国との二国間貿易協定は、
驚くほど迅速に決着した。
煩雑な法的手続きや、本国の保守派貴族との利権調整といった
政治劇は、すべて水面下の既成事実として処理される。
間もなく、国境地帯には国王の名による正式な法令が公布された。
『魔王国の物資および流通車両を最優先で通し、
関税措置においては最大限の優遇を適用せよ』
この絶対的な命令の前で、国境の税関や守備隊の態度は一変する。
魔王城で組み立てられた連結荷車が、他国の兵に邪魔されることなく
国境を越える。合法的な一大物流ルートが、ここに正式に開通したのだ。
長い、本当に長い旅路だった。
聖法国を追放され、馬車に揺られて国境を目指した
コウタロウたちは、ようやく目的の宿場町へと滑り込んだ。
彼らはどこか気落ちした表情で、並んで馬車を降りる。
そんな彼の目に飛び込んできたのは、見覚えのある賑やかな看板だった。
店構えを見た瞬間、強烈な懐かしさが胸の奥を襲う。
「……帰って、きたんだな」
ぽつりと呟いたコウタロウに、ノエルたちも深く頷いた。
四人は張り詰めていた糸が切れたように店に入り、木製の席へ着く。
注文を取りにきた店員へ、かすれた声で告げた。
「テリヤキバーガーのセットを、四人分、お願いします……」
間もなく、卓上に出来立ての料理が並べられた。
湯気を立てる極厚のパティ、塩気の効いた揚げたてのポテト。
そしてコップの中でシュワシュワと音を立てる、冷たいコーラ。
四人は吸い寄せられるようにバーガーを掴み、がぶりと噛みついた。
「っ……!」
コウタロウの身体が、
熱い肉汁とソースのコクで一瞬にして硬直する。
喉を通り抜ける旨みの洪水、
冷たいコーラの炭酸がすべてを洗い流す衝撃。
理不尽に国を追われ、行き場を失った冷たい現実。
その辛さを、この温かいセットが優しく救い出していく。
ノエルは圧倒的な安堵感に涙をこぼし、
セシリアは口の周りをソースだらけにしながら貪る。
メルは救われた顔でポテトを口に詰め込んだ。
誰もが一言も発さず、至福の組み合わせ『食の幸福』にただ涙した。
生きた心地を取り戻しながら、一心不乱に平らげていく。
ふう、とコウタロウが息を吐き、口元を拭ったその時だった。
ガタ、と搬入口の扉が開き、台車を押す重い足音が近づいてくる。
「おい、追加の特製マヨとソース持ってきたぞ。
こっちの減りが予想より早えな」
聞き覚えのある、低くて無骨な声。
いつも通りのよれた作業着の袖をまくり、通い箱を抱えた八起が、
ひょっこりと客席の前に姿を現した。
コウタロウたちの姿を見た瞬間、八起は動きをピタリと止めた。
細い目を少しだけ丸くする。
だが、すぐにいつもの真顔に戻ると、箱を床へ下ろして片手を
挙げた。
「よっ! 元気か??」
あまりにもいつも通りすぎる、軽い挨拶だった。
「お、おじさん……っ!?」
コウタロウは椅子を蹴立てて立ち上がり、驚愕のあまり
コーラを吹き出しそうになりながら固まった。
隣ではノエルたちがナプキンを握りしめ、
幽霊でも見たかのように目を見開いている。
「なんだ、ずいぶんと暗い顔してんな。
聖法国のお偉いさんたちに、美味いもんでも
たらふく奢ってもらってんのかと思ってたが」
八起はボソリと言い、四人の様子をじっと見据えた。
「……まぁ、詳しい話は後だ。まずは腹が膨れたなら、
荷台に乗れ。城へ行くぞ」
その無骨な優しさに、コウタロウの胸の奥から
一気に熱い感情が突き上げた。
「ただいま」と声を絞り出すのが、精一杯だった。
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