第七十話 馬子にも衣装
別れの日からちょうど2ヶ月後の朝。
隣国の使節団が到着する直前、俺は魔王城の一室で、鏡に映る
己の姿を見て盛大に顔をしかめていた。
「どうですかぁ? 八起様のために、心を込めてお仕立てした
本日のお召し物ですぅ。とってもお似合いですぅ」
シオリがアラクネの手で俺の肩のあたりを整えながら、
自慢げに胸を張る。
だが、鏡の中の男はどう見てもただのおっさんだ。
フリルやら刺繍やらがこれでもかと詰め込まれた、
貴族風の豪奢なジャケット。
多種多様な最前線を渡り歩いてきた俺のずんぐりとした体型には、
お世辞にも似合っているとは言えねえ。
作業着のほうがどれだけ落ち着くか分かったもんじゃない。
「――ぶっ、ふ、ふふ……っ!」
部屋の隅から、必死に息を詰まらせたような奇妙な音が
聞こえてきた。
見れば、ルナリアがすでに限界を迎えたように口元を両手で
押さえている。
彼女の肩が激しく上下に揺れ、とうとう我慢できずに
大爆笑の声を上げ始めた。
「アハハハハ! おじさん、何それ! どこからどう見ても
お祭りの飾り付けじゃない! 全然似合ってないわよ!」
「ハハハ! ボス、おもしろい格好だな! いつもと全然違うぞ!」
ガウラも尻尾を激しく振りながら、床をバンバンと叩いて
大爆笑している。
「……ゼフェル、お前はどうだ」
俺が視線を向けると、ゼフェルは真っ赤な顔をして居住まいを
正していた。
口を一文字に結び、必死に笑いを堪えて顎をヒクヒクと
震わせている。その瞳には、必死の限界が滲み出ていた。
「や、八起殿……。その、まことに、まことに斬新な王の
威厳に満ち溢れて……くっ、おります……!」
(お前ら、後で覚えてろよ……)
俺が心の中で深くため息をついていると、部屋の扉が開き、
ガルードがすっと入ってきた。
商人は俺の姿を一瞬だけ凝視したが、即座に何事もなかった
かのような真顔に戻り、完璧なビジネススマイルを
浮かべてみせる。
「八起殿、隣国のレオンハルト殿が率いる使節団の馬車が、
ただいま城門をくぐりました。王直々の親書を携えての
ご到着です」
「……おう、分かった。すぐに行く」
俺は動きにくい上着の襟元を一度だけグッと引っ張り、
気まずい空気の部屋を後にして、ルナリアたちを従えて
中庭へと向かった。
大城壁の向こうから現れた隣国の使節団を乗せた
豪華な馬車が、魔王城の広大な中庭へと滑り込んでくる。
馬車から降り立ってきたレオンハルト辺境伯は、
周囲を警護する騎士たちを伴い、格調高い足取りで
こちらへと歩み寄ってきた。
だが、男の歩みは、中庭の中央に達した瞬間にピタリと
止まった。
辺境伯だけでなく、後ろに続く使節団の役人たちも、
一斉に息を呑んでその場に硬直する。
客人の視線の先には、中庭を埋め尽くさんばかりの荷馬車が
整然と並び立ち、圧倒的な数で鎮座していた。
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