第六十九話 魔王国の底力
レオンハルト辺境伯を乗せた馬車を見送った後。
俺は応接室の長机に陣取り、手元の書き付けに鉛筆を猛烈な
勢いで走らせていた。
隣国の使節団が王の親書を携えて再びここへ現れるのは、往復の
移動とあっちの王宮での手続きを考えても、およそ二ヶ月。
これが俺たちの、次の「納期」だ。
さらに、ガウラが半日で駆けた距離から逆算する。
犬たちが草原から牛の群れを歩かせて連れてくるには、どれだけ
急いでも、約六日はかかる計算だった。
「ルナリア、ゼフェル。客人が戻ってくる十日後までに、
こっちの生産と流通のラインを完全に稼働状態にするぞ」
俺が書き付けを指先で叩くと、二人の側近は表情を
瞬時に引き締め、力強く頷いた。
そこからの数日間、魔王国の城下町はかつてないほどの活気に
包まれることになった。
設置された求職所から、城下町の奥さん方や、外に出て働くのが
難しい連中のもとへ、内職として大量の木材や革、ネジが次々と
割り振られていく。
家庭にいながら加工賃として、まっとうな現金収入が得られると
あって、連中の目の色が変わった。
納品窓口となった魔王城の受付には、朝から職人や奥さんたちの
長蛇の列ができる。
現場の空気ってのは、現金が回り始めた瞬間が一番分かりやすく
熱くなるもんだ。
それから、辺境伯が去ってから六日目の朝。
魔王城の裏手から、地鳴りのような凄まじい足音と、賑やかな犬
たちの吠え声が響いてきた。
「ワオォォゥンッ!」
見晴らしのいい丘から大城壁の外を見下ろすと、ガウラが先頭に
立ち、あのモフモフした中型の犬たちが、山向こうから見上げる
ほど立派な牛の群れを整然と追い立ててくる姿があった。
「ボスーっ! 約束通り、牛のやつらをごっそり連れて
きたぞーっ!」
大農地の横に作らせておいた牧場エリアへと、見事に牛たちが
次々と収容されていく。
ガウラは白い巨体の背中から身軽に飛び降りると、ふさふさとした
大きな狼の尻尾をちぎれんばかりにぶんぶんと激しく振り回して、
俺の胸へと飛び込んできた。
「相変わらず最高の仕事だな。よくやった」
俺はガウラの頭をクシュっと撫でる、そのまま、おすわりをしていた
最初の白い巨体の首回りに両腕を回した。
外交仕事でガチガチに凝り固まっていた頭が、極上の分厚い白毛の
モフモフに包み込まれていく。
張り詰めていた疲れが、一瞬で溶けていくのが分かった。
こればっかりは、職人への何よりの報酬だ。
「へへ、ボスが喜んでくれて嬉しいぞ! これからこいつらに、
山盛り肉を腹いっぱい食わせてやるんだ!」
「おう、こいつらにはこれからの仕入れもばっちり
頼まなきゃならねえからな。テオ、求職所から集まった
大人の農員たちを、お前の大農地に配属だ。
すぐに巨ジャガと野菜の増産にかかるぞ」
「はいっ、八起さん!」
テオが大人たちを率いて、整然とした大農地へと元気よく散って
いく。
納期前夜となる九日目。
魔王城の中庭には、各地のあぶれた職人たちから上がった外枠や
鉄金具が集積され、新しく雇った作業員たちが俺の指示のもとで
最後の仕上げを行っていた。
浮力を生むアイアンウッドの魔力調整を俺が一つずつ監修し、
作業員たちが手際よく組み上げていく。
中庭に整然と並んだのは、新型の大容量連結魔導荷車と、
大型の客車だ。
さらに、内職から上がってきた部品を城の仕事場で組み立て、
最初の数台の『双方向通信機』が完成を迎えた。
「――こちら八起。ゼフェル、聞こえるか」
俺が小さな木製の通信機に向かって声をかけると、少しのノイズの
後に、城内のゼフェルの声がはっきりと返ってきた。
『ハッ……! 八起殿、驚くほど鮮明に届いております!
これが、距離を一瞬で超える発注システム……!』
求職所の窓口、大農地のテオとも次々に回線が繋がり、通信テスト
は完璧なデバッグを完了した。
全てのラインの完成を見届けたその夜。
俺の号令で中庭に頑丈な『鉄鋳肉炉』が何台もドンと並べられた。
不眠不休で車両を仕上げてくれた作業員たち、内職を支えた
城下町の女性たち、そしてガウラやテオ、あの犬たちも集めての、
盛大な打ち上げ食事会だ。
ドラゴン肉が、赤々とした炭火の上でジューシーな音を立てて
次々に焼かれていく。
焼き上がった肉を口へ運び、シュワシュワと泡立つ炭酸水を一気に
喉へ流し込む。
「これでもう、飢えに怯えて食い詰めることもねえんだな……」
「明日は、家に残してきた家族にもこの美味い飯をたらふく
食わせてやれるぞ!」
中庭の至る所から、新しく得た仕事と生活が変わる喜びを語り合う、
大勢の男女の賑やかな声が溢れ返った。
それぞれが笑い、肩を叩き合い、ワイワイガヤガヤと最高の熱気で
中庭が満ちていく。
ガウラも口の周りをタレだらけにしながら肉に喰らいつき、
犬たちも尻尾を激しく振って肉の塊を美味そうに平らげている。
大いに盛り上がる喧騒の中で、俺は新しく組み上がった連結車両を
見上げながら、ゆっくりと腕を組んで不敵に笑った。
「よし、準備万端だ。あとは明日の客人を待つだけだな」
人間の国が驚愕するであろう、魔王国の新たなインフラ。
そのすべての歯車が完璧に噛み合い、静かに納期前夜の闇の中で、
明日の出撃の時を待っていた。




