第六十八話 へ?国家間条約
ゼフェルの淀みのない言葉が響いた応接室に、心地よい静寂が訪れる。
レオンハルト辺境伯は深く息を吐き出し、それからゆっくりと
俺に向かって頭を下げた。
「……感服いたした、八起殿。ただ目先の困窮者を救うのではなく、
人が自立するための仕組みとして、これほど冷徹かつ誠実な
筋を通されているとは」
男は顔を上げ、今度は隣に座るゼフェルへと視線を向けた。
この無骨な主導者の横で、実質的な政務の全権を預かっているのが
誰であるのかを、その鋭い目で見極めたようだった。
「ゼフェル殿。これより早急に、我が王へ事の顛末を伝え、
王直々の親書を仕立てていただいた上で、再びここへ参ります。
これは単なる商人の取引ではなく、国家間での条約締結が必要と
考えます」
「条約、締結ねえ……」
俺は腕を組んだまま、内心で白目を剥きそうになっていた。
ただのジャンクフード屋を隣国へ出店させ、現地に雇用を生み出す。
その話が、いつの間にか『国家間条約』なんて小難しい話に
化けてやがる。
何でも屋のオヤジが首を突っ込んでいいスケールを、とっくに
超えているだろ。
この場違いで落ち着かない空気が、どうにも肌に合わない。
助けを求めるようにルナリアへ視線を移すと、目が合った秘書官は、
ぷいっと不自然に顔を横へ背けた。
よく見れば、形の良い肩が小さく小刻みに震えている。
俺の落ち着かない様子が筒抜けだったらしく、必死に笑いを
こらえているようだった。
「――八起殿、八起殿。こちらに。こちらの書面に署名を」
ゼフェルがいつの間にか用意していた羊皮紙の書類を、長机の上で
滑らせてきた。俺はため息を飲み込み、慣れない手つきで
自分の名前を書き殴る。
「よし、これでいいか」
署名された書類を満足そうに回収した辺境伯は、立ち上がりながら
俺たちへ一礼した。
「では八起殿、我が国での準備が整い次第、王の親書を携えて
再びこの魔王城へお伺いする日時をご連絡いたします」
「おう、待ってるさ。ガルードともよくすり合わせしておいてくれ」
そのまま、応接室を出て城の玄関口へと向かう。
幾多の商人たちと対峙している時よりも、はるかにドッと大きな
疲れが押し寄せていた。正直、ゼフェルがいなかったら絶対に
無理だった仕事だ。
「そうだ、辺境伯。これ、道中の足しにでもしてくれ」
俺は、簡易的に作れるようになったばかりの、
時間を止める魔導通い箱を馬車の
手すりへと載せた。中には、出来立てのテリヤキバーガーを数個、
詰め込んでおいてある。
「おお、これは……! ありがたく頂戴する。では、また近いうちに」
馬車がゆっくりと動き出し、人間の国の大貴族を乗せて城門の
向こうへと去っていく。
遠ざかる馬車をルナリアたちと並んで見送りながら、俺は大きく
伸びをして、首の骨をボキボキと鳴らした。
「ガウラの奴、まだ帰ってこねえかな……」
あのモフモフの白い巨体を思い出す。張り詰めた外交仕事で
凝り固まった頭をほぐすには、あの極上の白毛を思いっきり
モフるのが一番の特効薬な気がした。




