第六十六話 想像以上の大仕事だな
大農地を後にした俺は、魔王城の周辺に建設されつつある新たな
生産工場と、車両整備場の現場を眺めていた。
ガウラの連れてくる牛たちを収容する牧場のエリア。
各地のあぶれた職人たちから買い取った部品が集まる工場。
そして、新車を仕上げ、維持管理を行うための整備場。
これらが同時に立ち上がっていく光景は、なかなかに壮観だ。
(牧場に生産工場、車両整備場……。さすがにここまで
大がかりなインフラになっちまうと、コケられねえな)
俺は腕を組み、思わず苦笑いを浮かべた。
小さな何でも屋のオヤジがやるには、とんでもねえスケールの
大仕事だ。
そんな作業場の入り口に、一台の馬車が滑り込んできた。
降りてきたのはガルードだ。
だが、その隣には、この辺りでは見かけない、いかにも身なりの
しっかりした品のある男が並んでいる。
「八起殿! 突然お邪魔して、まことに申し訳ない!」
ガルードが真剣な顔を近づけ、声を潜めてその男を紹介し
始めた。
「こちらの御方はレオンハルト・フォン・ベルガー殿。
この魔王国の隣に位置する小国の、辺境伯だ。実はな、
我が商会が仕入れているあの絶品の『塩漬け魚卵』……
タラコやメンタイの原材料は、すべてこのレオンハルト殿の
国から融通してもらっていたのです」
辺境伯って??
歴史に疎い俺にはさっぱり分からねえが、実務の全権を
握って魚卵を回してくれているのは目の前の男らしい。
(なるほどな。仕入れ元の、実質的な一番の親分ってわけか)
俺が自分の中でそう納得してレオンハルト辺境伯を見据えると、
男は威厳を保ちつつも、値踏みするような鋭い目で俺の作業着姿を
じっと見つめてきた。
「こんな開拓地での立ち話もなんだ。まずは一度、魔王城へ
移動して話をしよう。馬車に同乗させてもらえるか?」
「おお、そうしていただけるとありがたい。八起殿、我が国の
抱える深刻な事情について、ぜひ貴殿の知恵を拝借したい」
辺境伯は品格を崩さぬまま、静かに、だが熱のこもった声で俺に
頭を下げた。
ガルードの馬車へ乗り込み城へと向かった。
道中、窓の外に見える城下町の賑わいを、辺境伯はただじっと
羨望の入り混じった目で見つめ続けていた。
魔王城に到着し、大食堂の廊下を通りがかった際、片付けをしていた
シオリに声をかける。
「シオリ、隣国の貴族様だ。応接室にお茶をお願いできるか」
「あらぁ、お貴族様ですかぁ? はいですねぇ、
とびきり美味しいお茶をお煎れしますぅ」
シオリは間延びした声で小さく一礼し、すぐに厨房へと下がって
いった。
俺は二人を応接室へと通し、ルナリアとゼフェルに
大至急来るように連絡した。
すぐに部屋へ現れた二人の側近を交え、まずは一通りの挨拶と、
互いの素性を交わす。
ルナリアは毅然とした態度で隣国の貴族を迎え、ゼフェルは
いつもの過剰崇拝を必死に抑えながら、神妙な顔で同席した。
シオリが煎れてくれた茶で全員が喉を潤し、少し場が落ち着いた頃。
レオンハルト辺境伯が、真剣な眼差しで俺を真っ直ぐに見つめ、
静かに切り出してきた。
「八起殿。単刀直入に申し上げよう。ガルードの商会から、
貴殿らがこの宿場町周辺で進めている、あの極めて合理的な
大商いの仕組みについて耳にした」
男は居住まいを正し、低く重みのある声で言葉を続けた。
「我が国も、仕事にあぶれた領民や、食い詰めた冒険者の
対応に苦慮している。……そこでだ。我が国も、その巨大な
事業計画に一口、参加させてもらうわけにはいかないだろう
か?」
他国の政治ではなく、純粋な経済圏としての「事業計画への参加」。
礼節をわきまえた実力者との、真剣な話し合いの場がここに設け
られた。
ただのジャンクフード店から始まる大人の商売は、ついに国の
境界すら超えて、さらなる巨大なうねりを生み出そうとしていた。




