第四十六話 悶えさせてやる
晩飯の直後、八起は大人たちだけを城の会議室へと集めた。
集まったのは、ルナリア、ゼフェル、シオリ、ガルム将軍、ガウラ、
そして、すっかり試食会の常連となった高級商人のガルードだ。
机の上には、先ほど爆誕したばかりの醤油が、小さな瓶に詰められて
静かに置かれている。
「さて、みんな。美味い晩飯の後は、今後の計画についてだ」
八起が切り出すと、ゼフェルが早速、目を爛々と輝かせて
身を乗り出してきた。
「お任せください、八起殿! あの『ハンバーグ』なる至高の肉料理、
そして黒き神秘の液体……これらを使った、周辺諸国を恐怖に
陥れる次なる一手ですね!?」
「いや、恐怖に陥れるとかじゃねぇよ。……ただ、この魔王国を
狙って攻めてくる『勇者』を撃退する手段だ」
八起の口から飛び出した「勇者撃退」という不穏な単語に、
会議室の空気がピキリと張り詰めた。特に、秘書官の
ルナリアが、心配そうに眉をひそめる。
「ちょっとおじさん、勇者ってあの容赦ない戦闘集団のこと?
あいつらを料理で撃退するなんて、本当に可能なの?」
「ああ。真っ向から戦う必要はねぇ。この国への玄関口となる
宿場町に、俺たちの店舗を出店する。そこで出す料理で、
あいつらを無力化してやるんだ」
「料理で、無力化……? まさか、毒でも盛るのですか?」
ガルードが商人らしい鋭い目で尋ねてくるが、八起は首を振った。
「まさか。正々堂々、美味すぎて身動きが取れなくなるほどの、
『悪魔のジャンクフード』を食わせて、胃袋を完全に掴むのさ。
実家に帰ったような安心感と、強烈な中毒性で骨抜きにしてやる」
そのためには、絶対に外せない『神器』がいくつか必要になる。
八起はガルードのほうを向き、真剣な面持ちで尋ねた。
「ガルード。この世界のどこかに、地中から泉のように湧き出る、
口に含むとシュワシュワとはじける、
不思議な水の話を聞いたことはないか?」
「シュワシュワとはじける水……? ああ、北の火山地帯の麓にある
『鳴地湧水』のことですな! 確かにあれは
口に含むと舌がピリピリと痺れ、一部の好事家が珍しがるだけの
ただの水ですが……」
「ビンゴだ。その不思議な水(炭酸水)と、さっきお前の倉庫で
見せてもらった薬の材料があれば、元いた世界の最高の飲み物が
作れるんだよ」
コーラとジンジャーエール。これぞ、ジャンクフードの王道を支える
最強の炭酸飲料である。
「時間停止の保管庫は肉の鮮度保持で手一杯だからな。
あのシュワシュワを閉じ込めるために、今回は頑丈な専用の木樽を
大量に作る。ゼフェル、その樽に『空間固定』の術式を調整して、
炭酸が抜けないよう運ぶぞ」
「おお、なるほど! 八起殿の深謀遠慮、このゼフェル、命に代えても、
鳴地湧水を完璧な状態で運んでみせます!」
「緊張するなガウラ、次が本番だ。ガルム将軍、このへんで手に入る、
一番美味い乳を出す魔獣って何だ?」
ガウラが嬉しそうに耳をピンと立てる横で、ガルム将軍は太い腕を
組んで笑った。
「それなら、大森林の奥に棲まう『白大角鹿』の
乳だな! あの白大角鹿から搾れる乳は、驚くほど濃厚でコクがある。
ただし、気性が荒くて足が速い、生捕りにするのは軍でも骨が折れるぞ」
「よし、そいつだ。それを集める」
八起は立ち上がり、全員の顔を見回した。
「この炭酸水、薬草、そして白大角鹿の乳。これらが揃えば、
勇者どもを完全に無力化できる。だが、残された日数はもうない。
あいつらが宿場町に到達する前に、店を完成させなきゃならねぇんだ」
「……おじさんがそこまで言うなら、付き合ってあげるわよ!」
ルナリアが、ふん、と顔を背けながらも、嬉しそうに微笑んだ。
「私もぉ、魔糸でぇ、白大角鹿をぐるぐる巻きにして
捕まえてきますねぇ」
「ボス、あたしもたくさん捕まえて、いっぱーい乳搾るぞ!」
「ベルモンド商会の総力を挙げ、必要な薬草を買い占めましょう!」
大人の全力が、一気に噛み合った。それからの数日間は、
まさに怒涛の戦いだった。
魔法と軍の機動力をフル活用し、炭酸水が樽で次々と運び込まれ、
調理場では乾燥フルーツからおこした酵母と白大角鹿の乳が、
小麦粉と混ざり合う。そして、数日後。
魔王城の調理場に、地球の文明の結晶が並んだ。
ふっくらと焼き上がった、ほんのり甘く香ばしい白大角鹿乳のバンズ。
そこに、あの照り焼きハンバーグを贅沢に挟み込んだ『照り焼きバーガー』。
そして、冷やした鳴地湧水に特製薬草シロップを注いだ、
漆黒のコーラと、琥珀色のジンジャーエール。
「さあ、お前らジャンクフードの底力に、のたうち回って
悶えやがれ」
八起は完成した悪魔のセットを前に、不敵な笑みを浮かべたのだった。




