第四十五話 もう慣れろ…。
城の調理場に、甘辛く、そして香ばしい、凶悪なまでの香りが
立ち込めていた。
「さて、できた万能調味料(醤油)は、例のごとくまずは
試食だな」
醤油を使った地球の美味いものなんて数え切れないほどある。
その中から、今回は残ったドラゴン肉に一番合いそうな
『照り焼きソース』に決めた。醤油に酒代わりの果実酒、
そして甘みを足してじっくりと煮詰めていく。
鍋の中でふつふつと泡立つ特製ソースからは、実にかぐわしい
匂いが立ち上る。すると、調理場の扉がもの凄い勢いで跳ね上がった。
「ボ、ボスーーーッ! なんだか凄く良い匂いがするぞーーーっ!」
鼻をピクピクと激しく動かしながら、ガウラが文字通り飛んできた。
昨夜、あれだけ大食いしたというのに、獣人族の食欲は底なしらしい。
お尻の尻尾をちぎれんばかりに激しく振り回し、ドタバタと
はしゃいでいる。
八起は「おあずけ」を食らわせる前に、手際よく焼いた肉に
照り焼きソースを絡めて出す。
「よし、食ってみろ」
「いただきまーす!」
ガウラは肉の塊をガブッと豪快に噛み締めた。その瞬間、
ガウラの動きがピタリと止まる。
「……っ!? ――――ぅ、ぅんまぁぁぁぁいっ!!」
あまりの美味さに衝撃を受けたのか、ガウラの目からポロポロと
涙が溢れ出た。口の周りをタレだらけにしながら、涙だけでなく
鼻水まで垂らして食い進めている。
「おいおい、ガウラ……。涙と鼻水も出てるぞ。汚ねぇから拭け」
「だって、だってぇ! お肉が甘くて辛くて、信じられないくらい
美味しいんだぁ!」
美味そうに食うガウラを見ながら、八起の頭には次のアイデアが
閃いていた。
「ガウラ、ここからさらにもっといい物をつくるぞ。シオリさん、
いるかい?」
「はぁい、お呼びですかぁ八起様? 妄想が……いえ、お仕事の
準備はいつでもぉ」
影からおっとりと現れたシオリに、八起は手際よく指示を出す。
「ガウラとシオリさん、二人でこのドラゴン肉を大量に叩いて、
細かく刻んで、一つの大きな塊に練り合わせておいてくれ」
「分かりましたぁ、刻んで練り合わせる……ウフフ、共同作業ですねぇ」
「ボス、任せてくれ! お肉美味しくするために頑張る!」
二人に調理場を任せ、八起は確認したいことを聞きにルナリアの元へ
向かった。執務室で書類をめくっていたツンデレ秘書官は、
八起の顔を見るなり「もう、おじさん、また何か企んでる顔ね」
と呆れたように息を吐く。
「ちょっと聞きたいんだが、獣人系の人たちが食べたらダメなものって
あるのか? たとえば……そう、地球でいう丸いネギ(玉ねぎ)
みたいなやつとかさ」
元の世界で、犬や猫の獣人系にネギ類は御法度かもしれないと
頭をよぎったのだ。ルナリアは不思議そうな顔をしながら、
ペンを置いて答えた。
「丸いネギ? 普通に人間と同じものは何でも食べられるわよ。
そんなの、気になるならガウラかガルム将軍に直接聞けばいいじゃない」
「いや、あいつらなんでも美味そうに食べそうだから、毒が入ってても
気づかない気がしてさ。参考になるか疑問だろ?」
八起は苦笑いしながら言うと、ルナリアも「確かにあの親子なら
あり得るわね」と、つられて小さく吹き出した。
「まぁ、問題ないなら安心した。晩飯はまた美味いもの食わすから、
城の子供たちと一緒に楽しみにしててくれ」
「えっ、あ、ありがと……。もう、おじさんたら変なところで
マメなんだから」
少し顔を赤くしてツンツンするルナリアに手を振り、八起は
城下町へと急いだ。それにしても、電話のない世界は本当に
不便極まりない……。
全力で走ったせいで、すごく息切れしながらガルードの店へ
飛び込んだ。
「は、八起様!? またそんなに息を切らせて!」
「ガルード、ハァ、ハァ……丸いネギはあるか? それと、
今お前が在庫で持っている食材や、薬の材料になりそうなものを、
ここにあるやつ全部見せてくれ!」
高級商人のガルードは目を輝かせ、「お安い御用です!」と
奥の倉庫へ案内してくれた。見せてもらうと、
お目当ての丸いネギ以外にも、これからの新しい料理の
ベースに使えそうな珍しい素材が大量に眠っている。
「ひとまず、今日はこの丸いネギだけもらっていくわ」
「毎度ありがとうございます。また何か恐ろしいものが出来そうですね?」
「ああ、また試食会やるから、晩飯時に魔王城へ来てくれよ」
大袋に詰まった大量の丸いネギを担ぎ、八起はまた来た道を
走り出した。
「あぁ……乗り物が欲しい……。マジでギガント改
じゃ街中は走れねぇしな……」
自分の体力の衰えを呪い、ゼイゼイと息切れしながら八起は城の調理場へと
帰還する。
「ただいま。シオリさん、ガウラ、こいつも細かく刻んで、
さっきの練り合わせた肉に混ぜ込んでくれ!」
「はぁい、涙が出ちゃうお野菜ですねぇ」
「ボス、お肉の準備はバッチリだぞ!」
細かく刻んだ丸いネギと、叩きまくったドラゴン肉を黄金比率で
混ぜ合わせる。それを手のひらで綺麗に丸め、空気を抜くように
両手でポンポンと叩く。
鉄鋳肉炉の上に並べると、
ジュゥゥと素晴らしい音が響いた。肉汁を閉じ込めるように
じっくりと焼き上げ、仕上げに特製の照り焼きソースをたっぷりと
回しかける。甘辛いタレが絡み合い、極上の香りが調理場を支配した。
――『照り焼きハンバーグ』の完成だ。
その日の夕食、魔王城の食堂に全員が集まった。テーブルに
並べられた、ふっくらと膨らんだ謎の肉塊と、とろりとした
黒いソース。
ルナリアやゼフェルたちは、一様に複雑な表情を浮かべて
それを見つめている。昨夜の肉とは明らかに違う、謎の料理に
対する警戒と、破壊的な香りの狭間で。
「いいから、温かいうちに食ってみろって」
促された全員が、意を決してナイフを入れた瞬間、
肉塊の断面から熱々の肉汁が『じゅわっ』と溢れ出し、
それが濃厚なソースと混ざり合って、黒い水たまりを作った。
恐る恐る一口大の肉を口に運ぶと、固いと思っていたドラゴンの肉が、
口の中で信じられないほど柔らかく解け、
溢れ出た濃厚な肉汁と、甘辛い醤油ベースのソースが
渾然一体となって暴れ狂う。
「な、何よこれ……! お肉を刻むだけで、こんなに柔らかくて
美味しくなるの!?」
ルナリアが目を丸くして感動の声を上げ、ゼフェルは
「これぞ王の包容力……」とまたしても目を潤ませている。
ガルードも「これは商売の歴史が変わる……!」と絶句。
複雑な表情をしていた大人たちが呆然とする横で、城の子供たちは
一口食べるなり、弾け飛ぶような大歓声を上げた。
「おいしーーーいっ! おにくがやわらかくて、お汁がじゅわーって
出る!」
「あまくて、ちょっとしょっぱくて、これだぁーーーい好き!」
「おじちゃん天才! 毎日これ食べたい!」
小さな手を叩いてぴょんぴょん飛び跳ね、顔中をソースだらけにして
大はしゃぎする子供たちの笑顔が、食堂を一気に温かい空気で
包み込んでいく。複雑な表情をしていた全員が、いまや醤油の魔力に
完全に平伏していたのだった。




