第四十三話 魔王城の謝肉祭
「よし、野郎ども! 今日は城下町の住民全員を巻き込んだ大宴会、
謝肉祭だ!」
八起の号令が、魔王城の裏手に広がる解体場――荒地の畑に響き渡る。
目の前に転がっているのは、コンテナに入り切らなかった大量の
ドラゴン肉だ。どれもこれも、赤身と脂身のバランスが絶妙な
極上の肉ばかりだった。
「わあぁぁっ! ボス、これ全部食べていいの!?
本当に食べちゃっていいの!?」
ガウラが長い尻尾をちぎれんばかりに激しく振り回し、
ドタバタと足を踏み鳴らす。
「おう、好きなだけ食え。ただし、ちゃんと調理してからな。
ガウラ、おあずけだ」
「くぅぅ……おあずけぇ……!」
耳をペタんと伏せて耐えるガウラに苦笑しつつ、
八起は目の前の山積みの肉を見上げた。……しかしこれ、
今いる城の人員だけで城下町まで運びきれるか?
「シオリ、子供たちを集めて『巨ジャガ』の皮むきと
カットを頼む」
「はぁい、八起様ぁ。みんなで楽しくお仕事ですねぇ。
男の子同士が手を重ねてぇ……妄想が……いえ、お仕事が
捗りますぅ」
おっとり笑うアラクネのシオリは、相変わらず脳内で不穏な
妄想を爆走させている。テオとリナをはじめとする城下町の
子供たちが、手押し台車を引いて集まってきた。
アイアンウッドの浮力を活かした手押し台車は、子供たちの力でも
安全に、軽々と動かせる。だが、さすがにこの量の肉と
巨ジャガを運ぶとなると、人手が圧倒的に足りない。
「もう、おじさん! 計画性がないんだから!
どうやって運ぶつもりだったのよ!」
ルナリアが腰に手を当てて、ツンとした口調で怒鳴る。
「まあ待て、ルナリア。こういう時は、プロの力を借りるに限る」
八起はすぐに早馬を走らせ、城下町の商人たちをこの解体場へと
急遽、呼び集めた。息を切らせて荒地の畑に集まってきた
大小の商人たち。その先頭に立つ身なりの良い男が進み出る。
4大マヨソースの独占販売権を握る、高級商人の
ガルード・ベルモンドだ。ガルードは解体場に
転がる信じられないほどのドラゴン肉を見て、眼鏡の奥の目を丸くした。
「……いやはや、八起殿。急に呼び出されて何事かと思いましたが……
まさかドラゴン肉の謝肉祭ですか」
「おう、ガルード。急で悪いな。ちょっと肉を仕込みすぎてな。
今の人員じゃ運びきれない。お前らの人手を借りたいんだ」
ガルードは感心したように息を吐き、すぐに商人としての
鋭い笑みを浮かべた。
「そういうことでしたら、我がベルモンド商会の全人員と、
城下の小商人たちを総動員して、迅速に運搬いたしましょう」
そう言うと、ガルードは後ろの部下に目配せをした。
部下たちが重そうな小さな木樽を、俺の前に恭しく差し出してくる。
「八起殿、私もその謝肉祭とやらに、ご相伴よろしいのですか?
これはほんの気持ち、我が商会の最高級品です。我が商会でも
最高級の『胡椒』をひと樽進呈いたします」
「ありがてえ! 最高だ! 私もご相伴よろしいのですかだなんて
水臭いこと言うな。ガルードも一緒に楽しもうぜ」
俺はガルードの肩を叩いた。異世界でこの量の胡椒は、
まさに爆弾級のスパイスだ。
「ゼフェル、お前は城下町への伝達を頼む。それとガルム、ガウラ!」
「おう! 何んでも言え!」
「わふっ、ボス! なんだ!?」
「庭園に肉を焼くための『鉄鋳肉炉』を
大至急セットしてくれ」
「御意! 軍の倉庫からいくらでも引っ張り出して見せましょう!」
ガルム将軍とガウラは、軍の倉庫から頑丈な鉄製の長方型の
鉄鋳肉炉をこれでもかと大量に運び込み、
広い魔王城の庭園へ見事な手際でズラリと並べた。
そこに、ゼフェルの手によって大量の木炭が手際よく配られていく。
「……っ! なるほど、あえて貴重な胡椒を惜しげもなく使い、
大量の炉を並べることで、我が魔王国の圧倒的な財力と軍の機動力を
周辺諸国に見せつけるという深謀遠慮……!」
イケメン軍師のゼフェルが、またしても勝手に何かを超解釈して
涙ぐんでいる。
「いや、ただ肉を大量に効率よく焼きたいだけなんだが……」
「言葉にせずとも分かっております! これぞ古代の失われた叡智に
基づく、完璧なる民心掌握術……!」
相変わらずの過剰崇拝だが、ゼフェルは魔法の火を操り、
城下町へ向けて一気に魔力を放出した。その魔力は、空中で
大きな文字へと変わる。俺は拡声の魔法具を握り、城下町全体へ
向けて地声を張り上げた。
「城下町の人々に告げる! 今日は謝肉祭だ!
魔王城の庭園に集合しろ!」
その声と同時に、商人たちが手押し台車を引いて、切り分けられた肉を
解体場から城へと運び出す。極上のドラゴン肉に擦り込むのは、
岩塩と、進呈された最高級の胡椒だけ。
余計な味付けはいらない。肉本来の爆発的な旨味を引き立てるには、
これが一番だ。庭園の鉄炉に、一斉に炭火がたっぷりと熾る。
ジュー、という暴力的な音と共に、極上の脂が炭に落ちて弾けた。
立ち上る煙は肉と胡椒の香ばしい匂いを乗せて、城下町へと
流れていく。
「な、なんという芳醇な香りだ……! これだけでは胃袋が
捻じれてしまいそうだ!」
脳筋のガルム将軍が、よだれを垂らしながら鉄炉を見つめている。
一方、厨房側では、シオリと子供たちが切った大量の
巨ジャガが、油の中に次々と投入されていた。
シュワシュワと心地よい音を立てて、きつね色に揚がっていく
フライドポテト。熱々のうちに、テーブルへと運ばれていく。
「さあ食え! 今日はドラゴン肉とフライドポテトが食べ放題だ!」
門を開け放つと、匂いに釣られた住民たちが、津波のように押し寄せた。
広場に並べられたテーブルに、山盛りのフライドポテトと、
切り分けられた熱々のドラゴン肉が並ぶ。
住民たちは、まずそのフライドポテトを口に運んだ。
「な、なんだこれは!? 外はカリカリで、中はホクホクしているぞ!」
「この濃厚なソースは何だ!? ピリッと辛いのに、手が止まらなくなる!」
『唐辛子マヨ(死神マヨ)』をつけたポテトを食べた男が、
目を見開いて叫ぶ。地球の食文化という名の爆弾が、
異世界の住民たちの胃袋を完全に粉砕していく。
そして、メインディッシュのドラゴン肉だ。岩塩の塩気と胡椒の刺激が、
極上肉の脂の甘みをこれでもかと引き立てる。
「う、美味すぎる……! 噛むたびに溢れる肉汁が、口の中で沸騰するようだ!」
「シンプルな塩と胡椒なのに、なんでこんなに深い味なんだ!?
こんな肉、人生で一度も食べたことがない!」
ドラゴン襲来という未曾有の恐怖から解放された安堵感が、
美味い料理によって最高の歓喜へと変わっていく。
誰もが人生で一度は憧れる完璧な骨付き肉を、
住民たちは豪快に貪り食う。
「あぁぁ、幸せすぎるぅ……! ボス、もうおあずけは無しだよね!?」
ガウラが両手に肉を抱え、口の周りを油だらけにしながら
肉に食らいついていた。
「おう、死ぬほど食え。まだまだ在庫はあるからな。わさび付けると旨いぞ」
俺が笑いながら言うと、ガウラは再び尻尾を激しく振り回した。
住民たちの笑顔と歓声が、夜の魔王領を明るく照らす。
高級商人ガルードも、シンプルな岩塩と胡椒、わさびで化けた
ドラゴン肉を口に運び、その美味さに顔を綻ばせていた。
「いやはや八起殿、驚きました。これほどの美味、そしてこの皆の笑顔……。
恐怖の後の、最高の祭りですね!」
「おう、今日は商売抜きだ。ガルードもたらふく食え!」
他国の貧しい食事とは一線を画す、圧倒的な豊かさと温かさが
ここにはあった。
「ふふ、おじさん。大成功じゃない」
ルナリアが、いつの間にか俺の隣に立って、小さく微笑んでいた。
「ああ、現場が喜ぶ姿を見るのが、何でも屋の一番の報酬だからな」
俺がそう言って笑うと、ルナリアは少し呆れたように、
だけど愛おしそうに目を細めた。魔王城の謝肉祭は、
国再建への確かな第一歩として、住民たちの心に深く刻まれるのだった。
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