第四十二話 こ、これはっ!!
切り分けられた巨大な肉を前に、八起は顎に手を当てていた。
「――つまり八起殿は、今回の戦果であるドラゴンの肉を、
単なる兵糧として消費するだけでなく、宿場町での出店計画に
組み込む、と?」
血の匂いが漂う広大な解体場で、ハーフエルフの軍師ゼフェル
がいつものように感心した表情で、切れ長の目を輝かせる。
耳に鉛筆を挟んだ作業着姿の八起は、解体が進むドラゴンの
巨体から一度ゼフェルへと視線を向けた。
八起はただ、ニヤリと笑う。
あえて言葉にする必要はなかった。次の仕掛けが何であるか
など、わざわざ口にしなくてもその不敵な笑みだけで、お互い
に分かっていることだ。
「素晴らしい……! 武力による威圧ではなく、未知の食文化と
圧倒的流通改革によって、民の心を完全に掌握するおつもりか。
まさに深謀遠慮、恐れ入ります」
「……いや、ただの商売のアイデアなんだけどな。まあいい、
まずはこの肉を保管するためのコンテナを作りに工房へ行くぞ」
八起はそう言って歩き出したが、急に視界がぐらりと揺れて、
足元がおぼつかなくなる。先ほどギガント改を遠隔操作
で大暴れさせた際の、魔力一斉放出の反動が、まだ50歳の身体
に重く残っていた。
「ちょっと、おじさん! 何ふらついてるのよ。危なっかしい
んだから、見てられないわ!」
ツカツカと鋭い足音を響かせて、解体場の入り口から現れた
のは、秘書官のルナリアだった。いつもと変わらず凛とした
美しさを保ったまま、彼女は呆れたようにため息をつくと、
手にした小瓶を八起の目の前に突きつけた。
「ほら、これ。さっき仕上がったばかりのドラゴンの血をベース
に、私が即興で作った回復薬よ。べ、別におじさんのことが心配
で急いで作ったわけじゃないんだから! ただ、魔王(仮)が
ここで行き倒れたら、私の事務仕事が増えて迷惑なだけよ!」
「お、おう。すまねえな、ルナリア。助かるよ」
八起が苦笑しながら小瓶を受け取り、一気にグイと飲み干す。
口の中に広がるのは、少し甘酸っぱい不思議な風味だった。直後、
身体の奥底からじんわりと熱い魔力が湧き上がり、先ほどまでの
泥のような疲労感が嘘のように霧散していく。
「お、これは凄いな! 腰の重みがすっかり消えたぞ。さすが
ルナリアだ、ありがとな」
「ふん、当然よ。私は有能な秘書官なんだから。……それより、
体調が戻ったなら、さっさとその不思議な箱というのを完成させなさい」
ルナリアはふいっと顔を背け、ほんのりと赤くなった耳たぶ
を隠すように足早に去っていった。八起はその様子に特に気づく
こともなく、すっかり軽くなった足取りで次の作業へと意識を
切り替える。
ゼフェルを連れて地下工房へと向かうと、すぐさま制作に
取り掛かった。八起は工房の隅に積み上げられていた空の木箱
を引っ張り出すと、その一つに両手を置いた。
固有スキル『接触鑑定』で構造を確認しながら、木箱へ
『空間固定』の術式を施していく。魔法を使えない八起は、木箱
へただ純粋に自身の持つ膨大な魔力を流し込んでいく。
ゼフェルはその魔力を調整して利用し、木箱の表面へと正確に
時間停止の術式を刻み込んだ。単純な作業の繰り返しだった。
八起が魔力を込め、ゼフェルが術式を定着させる。
二人は黙々と手を動かし、元からあった木箱を流用する形で、
時間停止のコンテナをなんと30個も作り上げていく。さらに、
流す魔力で強力な浮力を発生させる謎の超素材、床板
を贅沢に使用して、一般的なサイズの移動用手押し台車を組み上げた。
これなら地球のどこにでもあるごく普通の台車と同じで、子供
たちの力でも安全に、かつ軽々と荷物を運ぶことができる。
「相変わらず、常識外れの創造力ですね……」
ゼフェルが呆然と呟く中、八起は台車にコンテナを積み重ね、
再び地上の解体場へと戻っていった。解体場に戻ると、そこには
圧巻の光景が広がっていた。
「わあ……! ボス、ボス! すごいぞ、これを見てくれ!」
ガウラが頭の上の狼耳をピンと立て、お尻の尻尾をちぎれん
ばかりに激しく振り回しながら、嬉しそうにドタバタと八起の
元へ駆け寄ってきた。
彼女とガルム将軍の手によって、見事なまでに部位ごとに
切り分けられたドラゴンの巨肉が、シオリたちによって手際よく
運ばれ、うず高く積まれているところだった。
そして、その中心に鎮座していたのは――巨大な、骨付きの
塊肉。性別も世代も超えて、誰もが人生で一度は強烈に憧れる、
「食べてみたい」ナンバーワン食材と言っても過言ではない、
あの完璧なフォルムの大きな骨付き肉だった。
「こ、これはっ……!!」
八起は思わずゴクリと唾を呑んだ。男のロマンがそこにはあった。
今すぐ焚き火で豪快に炙って、カブりつきたい衝動に駆られる。
だが、今はぐっと我慢だ。そそられる思いを胸の奥へと押し込める。
「ガウラ、よくやったな。でも、食うのは後で『おあずけ』だ」
「くぅん……ボスがそう言うなら、私はお利口に待つぞ!」
ガウラは一瞬だけ悲しそうに耳を寝かせたが、八起に頭を撫で
られると、再び満面の笑みを浮かべて尻尾を振った。
「よし、シオリも手伝ってくれ。この肉をコンテナに詰めていくぞ!」
「はぁい、八起様。ふふ、これだけの肉があればぁ、色々な妄想が……
いえ、お料理が捗りますねぇ」
シオリがおっとりとした口調で微笑みながら、切り分けられた肉
を次々と時間停止コンテナへと収めていく。しかし、30個もの
大容量コンテナが、またたく間に満杯になってしまった。
それでも、目の前にはまだ山のようなドラゴンの肉が残っている。
「うーん、さすがにデカすぎるな。コンテナに入り切らない分は、
どうするかな……」
八起が腕を組んで考え込んでいると、背後からガルム将軍が
ドスドスと地響きを立てて歩いてきた。
「八起殿! 我が軍部で全て引き取っても構わんぞ!兵たち
の士気も爆上がりだ!」
「いや、ガルム将軍。軍だけで消費するのはもったいない。これ
だけの肉だ、城下町の連中も巻き込んで、盛大に分け合おう」
八起は名案を思いついたように、パチンと指を鳴らした。
「入り切らない肉を使って、城下町で『謝肉祭』を開催する。みんな
を集めて、ドラゴン肉の美味い料理をタダで振る舞うんだ。日頃の
労いと、これからの国再建に向けた景気づけにな!」
「おおお……! なんと慈悲深い! 魔王国の民全てに恩を売る
だけでなく、胃袋まで掴みにかかるとは!」
またしてもゼフェルが深く感銘を受け、ガルム将軍も「さすが
八起殿!」と太い腕を組んで感極まっている。こうして、魔王国
全体を揺るがす前代未聞の大宴会――『謝肉祭』の開催が、八起の
思いつきによって急遽決定したのだった。
40話到達記念に21時にもう一話『投稿』します!
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