第四話 スキル「趣味」発動!
『巨ジャガ』の衝撃から一夜明け、魔王城には久々に穏やかな朝が訪れた。
八起はゼフェルと共に、城下町のさらに外周へと視察に繰り出していた。
目指すは巨ジャガの大規模な栽培地だ。
「……こいつは、想像以上に根性が要る現場だな」
八起の目の前に広がっていたのは、石と枯れ草が混じり、ひび割れた広大な荒野だった。
ゼフェルが沈痛な面持ちで補足する。
「数年前の旱魃以来、ここは死んだ土地となりました。
人力で耕そうにも、あまりの硬さに鍬が折れ、民の体力も続きません……」
八起は地面を蹴ってみたが、コンクリートのように硬い。
今の疲弊した民に、この広大な土地を人力で耕せというのは、
スプーンでトンネルを掘れというようなものだ。
「一旦、城に戻ろう。……効率の悪い仕事は、現場を潰すだけだ」
二人は重い足取りで城へと引き返した。
城に戻った八起は、おもむろに宣言した。
「ゼフェルさん。あの宝物庫……いや、『ガラクタ部屋』だが、あそこを俺の私室兼、
作業場にさせてもらう。……あそこで、この『現場』を攻略する方法を考えたい」
「ええ、もちろんです!八起殿の思索の邪魔はさせません!」
一方その頃、連れてこられた兄妹は、豪華で広すぎる客室に怯えていた。
高級な絨毯や高い天井が、路地裏育ちの二人には「落ち着かない」
どころか、恐怖すら感じさせていたのだ。
「……仕方ないわね。あんたたち、私の部屋に来なさい」
見かねたルナリアが、二人を自室へと案内した。
テオとリナを両脇に座らせ、文句を言いながらも髪を梳いてやったり、
寝支度を手伝ったりするルナリアの姿は、側から見れば慈愛に満ちた「母親」そのものだ。
「まるで本当の親子みたいですねぇ、ルナリア様ぁ」
ひょっこり現れたシオリが茶化すと、ルナリアの顔は一瞬で沸騰した。
「なっ……!誰が親よ!私はまだ未経験……じゃなくて、若いのよ!
これは、その、姉弟妹!年の離れた姉弟妹なんだからっ!」
そう言い張るルナリアの膝の上で、リナは安心しきってスヤスヤと眠りについていた。
その夜。
八起は一人、薄暗いガラクタ部屋に篭っていた。
周囲には、昨日仕分けた「無数の鋭利なブレード」や「頑強な金属のフレーム」、
そして隅で静かに待機しているギガントがいる。
「……人力でダメなら、機械だろ。……よし」
八起は図面を引く代わりに、床にチョークで巨大な設計図を描き始めた。
何でも屋の『趣味』が、本格的に唸りを上げる。
「あいつの脚に、こいつを組み合わせて……。
動力は、俺のこの余ってる『魔力』ってやつを流し込めばいいんだろ?」
八起の目は、もはや魔王のそれではなく、
完全に「深夜のガレージで改造車を弄る男」の輝きを放っていた。
「……さてと。問題は道具だな。ペンチ一本、ドライバー一本ありゃしない」
八起は独り言を漏らしながら、ガラクタの山をひっかき回した。
分解しようにも、こちらの世界のネジや接合部は見たこともない形状ばかりだ。
ふと、山の中から手頃な太さの、黒ずんだ金属の棒が目に留まった。
「お、これはちょうどいい。重さも手頃だ」
八起はそれを孫の手代わりに、凝り固まった自分の肩をトントンと叩いた。
その瞬間、長年付き合ってきた重い肩こりが、嘘のように消え去った。
「……あ、治った。なんだこれ、凄いな」
同時に、脳内に未知の情報が濁流のように流れ込んでくる。
それは素材の名前といった細かいデータではない。その物が持つ「能力」そのものだった。
(対象を望んだ形に歪める。硬度を無視し、自在に加工する――)
「うおっ!?なんだ今の……?」
八起は困惑したが、すぐにピンときた。どうやら魔王の魔力が発現したおかげで
、触れた物が「何ができるか」を直感で理解できるようになったらしい。
何でも屋にとって、これほど便利な「カタログ」はない。
楽しくなった八起は、近くにあるガラクタを片っ端から触りまくった。
「こっちは……あらゆる衝撃を無効化する。こっちは……触れたものを凍らせる……」
だが、あまりに強大で多種多様な「能力」の情報量に、五十歳の脳はキャパオーバーを起こした。
「……あ、これ、のぼせる時の……」
視界がぐらりと揺れ、八起はそのまま床へと倒れ込んだ。
「……ちょっと、おじさん!起きなさいよ!いつまで寝てるの!」
聞き慣れた、しかしどこか焦りを含んだ毒舌が降ってきた。
八起がゆっくりと目を開けると、視界いっぱいにルナリアの顔があった。
彼女は八起を膝枕しており、その瞳には隠しきれない動揺が浮かんでいる。
「ルナリアさん……。俺、寝てた?」
「寝てたじゃないわよ!食事に呼びに来たら、床で無様に転がってるんだから!
死んだかと思って、心臓が止まるかと思ったじゃない!この、バカ、おじさん、心配させ……っ!」
ルナリアの顔がみるみる赤くなっていく。我に返った彼女は、
「もういいわ!自分で立ちなさいよ!」と叫び、膝を乱暴に引いた。
ゴンッ!
「痛ってぇ!」
八起の後頭部が床に激突する。石畳の乾いた音ではない。
鈍く重い、金属特有の振動。同時に、床の「能力」が頭に響く。
「……ん?今の音。それにこの力……」
八起は痛む頭を押さえながら、自分が寝ていた床をまじまじと見た。
チョークで図面を引いた際、埃で見えなかったが、この部屋の床は石ではなく、巨大な「金属の板」が敷き詰められていた。
(魔力を通すことで、浮力と吸着を自在に操る。巨大な質量を浮かせる――)
「……これだ」
八起が床を撫でながらニヤリと笑った瞬間、「いい加減に起きなさい!」と
ルナリアに首根っこを掴まれた。そのまま引きずられるようにして厨房へ連行される。
時間はちょうど昼時。
メニューは、昨日の残りの『巨ジャガ』を豪快に丸蒸しにしたものだった。
ホクホクと湯気を上げる黄金色の身に、ギガントが砕いたピンク岩塩をパラリと振りかける。
「……ふぅ、生き返る。やっぱり現場は飯だな」
八起は巨ジャガを頬張りながら、片手に持ったチョークで、
調理台の端にギガントの改造案をガリガリと書き込み始めた。
「八起殿、食事中に図面とは……。また何か、閃きがあったのですか?」
ゼフェルが興味津々で覗き込む。八起は口をもぐもぐさせながら図面を指差した。
「ああ。ギガントの奴、下半身がフレーム剥き出しで頼りなかっただろ。
そこに、さっき俺が寝てた部屋の床板を使う。
あれ、魔力を通すと浮いたり張り付いたりする力があるから」
「……床板、にございますか?あの部屋の床がそのような特殊な金属であったとは、
不徳の致すところながら存じ上げませんでした。それが何かの役に立つので?」
ゼフェルが驚きと共に図面を覗き込む。
八起は口をもぐもぐさせながら、さらに図面をチョークでなぞった。
「役に立つどころじゃない。その板を何枚も繋げて大きな輪っかにして、
足の周りでぐるぐる回転させるんだ。
そうすれば、あの硬い荒地でも自ら道を作りながら滑るように進めるはずだ。
魔力で浮くなら、なおさらスムーズだろ」
「……ほう。自ら『動く道』を敷き詰めながら進むと。
なるほど、これならばどんな凸凹道でも関係ない。
八起殿、この仕組みは……実に理にかなっています!」
未知の機構に、ゼフェルは興奮を隠せない様子で声を弾ませた。
八起は巨ジャガの最後の一片を口に放り込むと、まだ熱い塊を予備としてもう一つ掴み上げた。
「よし、図面を書き直してくる。ルナリアさん、ごちそうさん!美味かったぞ!」
「あっ、ちょっと!行儀が悪いわよ!……ったく、もう!」
ルナリアの制止も聞かず、八起は巨ジャガを大事そうに抱えたまま、
鼻歌まじりに自分の「ガラクタ部屋」へと走り去った。
その夜から、八起のガラクタ部屋は文字通りの「不夜城」と化した。
入口の扉には、殴り書きで『立ち入り禁止』と書かれた看板が掲げられ、
中からは「ガギン!」「ドゴォォン!」という凄まじい衝撃音や、
耳を劈く金属の摩擦音が絶え間なく響いてくる。
時折、扉の隙間から漏れ出すのは、八起の無自覚な魔力が火花となって散る青白い光だ。
何でも屋として培った「在り合わせを形にする力」と、
手にした「形状変転の棒」、そして規格外の魔力。それらが渾然一体となり、
宝物庫の死蔵品を次々と新たな形へと変えていく。
三日間、八起は一度も部屋から出てこなかった。
四日目の朝。
食堂に、幽霊のような足取りの男が現れた。
髪はボサボサ、目は真っ赤に充血し、頬はこけて煤けている。
作業着は油と鉄粉で汚れ、お世辞にも魔王の代行者には見えない。
「……お、おじさん!?あんた、大丈夫なの!?」
ルナリアが悲鳴に近い声を上げるが、
八起は無言で、シオリが差し出した『巨ジャガ』をひったくるように受け取った。
むしゃむしゃと機械的に完食すると、八起は立ち上がり、全員を見渡して短く一言だけ放った。
「……寝る」
そのまま、糸が切れた人形のように寝室へと消えていった。
翌日。
たっぷりと睡眠を取り、顔を洗ってさっぱりとした八起が、城の中庭に全員を呼び出した。
「さぁ、お披露目だ。……出てこい、ギガント!」
重厚な扉の奥から、ズズズ……と地響きを立てて「それ」が姿を現した。
かつてのスマートな人型兵器の面影は消えていた。
下半身には、浮遊床板を連結した巨大なキャタピラを持った重戦車のように鎮座している。
背後には、禍々しいブレードが凶悪な牙のように並んだ巨大な回転装置が連結され、
魔力の余剰光を撒き散らしていた。
「……な、何ですか、あの禍々しい怪物は……」
ルナリアが絶句し、ゼフェルが震える声で呟く。
「……浮遊無限軌道式、多目的開墾重機。いや……『禍々しいトラクター・ギガントカスタム』、といったところか」
八起がニヤリと笑い、ギガントの装甲をパンパンと叩いた。
「こいつなら、あの荒地を一日で耕し尽くせるぜ。さあ、仕事(現場)の時間だ」




