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第三話 殺戮兵器!?

大きな麻袋を肩に担いだ八起が、テオとリナを連れて魔王城の広間へ戻ってくると、

そこには待ちくたびれた様子のシオリがカサカサと脚を動かしていた。

「おっ、お帰りなさいませおじ様ぁ!……って、ひゃあぁっ!?」

シオリは、泥だらけの作業着姿で袋を担ぐ八起と、

その背後に隠れる見知らぬ二人の子供を見た瞬間、顔面を沸騰させた。

「そ、その子たちは……。まさかおじ様、お城の外に『パパ』と呼ぶ家族を隠していたのですかぁ!?

隠し子!?ステップファミリー!?なんて刺激的な展開なんですかぁー!」

「……シオリ、妄想を止めなさいと言っているでしょう。鼻血が出ていますよ」

ゼフェルの冷静なツッコミも虚しく、シオリは顔を真っ赤にしてクネクネと身をよじっている。

八起はやれやれと首を振り、肩の麻袋をドサリと床に下ろした。

「隠し子じゃねぇよ。仕事の『現場確認』だ。……それよりシオリさん。

悪いが、キッチンを貸してくれ。火と水が使えればどこでもいい。

この『謎の塊』を、まともな飯に変えてやる」

「えぇっ!?その『悪魔の落とし子』を料理するのですかぁ!?おじ様、死なないでくださいぃー!」

「死なないって。……ルナリアさん、案内を」

八起の迷いのない言葉に、ルナリアは「……ふん。お腹を壊しても知らないわよ」と毒づきつつも、

その足取りはどこか期待に弾んでいるようだった。

こうして、魔王城の機能停止していたキッチンに、五〇歳の何でも屋が乗り込むことになった。

八起に案内された先は、広々とした、しかし寒々しい「厨房」だった。

大きな石造りの調理台や巨大なかまどが並んでいるものの、そこに人の気配はない。

「……さてと。まずは道具の確認だな」

八起が腕まくりをして棚を開けたが、そこには驚くほど何もなかった。

鍋、フライパン、お玉。それどころか、塩や胡椒といった最低限の調味料さえ、カケラも見当たらない。

「おいおい、何もないじゃないか。夜逃げでもされたのか?」

「……給金代わりに、元調理人たちが持っていったわ。今の城には、鉄の鍋一つ残っていないのよ。

魔王がガラクタばかり買って、彼らの生活を守らなかったからね」

ルナリアが自嘲気味に吐き捨てた。それを聞き、八起は深く大きなため息をつく。

「道具も材料も、給料すらも未払い。……現場としては、これ以上ないってくらいの最低ランクだな」

だが、八起はすぐに、ふっと口角を上げた。

「……まっ、いいか。無いなら無いで、やりようはある」

何でも屋として、「現場にあるもの」だけで帳尻を合わせてきた経験が彼を動かす。

八起は竈の前にしゃがみ込み、近くに放り出されていた乾燥した薪を中に組み始めた。

空気の通り道を計算しながら、手際よく積み上げていく。

「さて、火を……。あ、そうか。ライターもマッチもないんだったな」

無意識に作業着のポケットを叩いたが、中には何も入っていない。召喚された時は全裸だったのだ。

「そんなもの不要よ。……どきなさい、おじさん」

ルナリアが八起をかき分けるようにして前に出た。彼女が指先を竈の奥へ向けると、

赤い小さな魔方陣が浮かび上がる。「――火よ、灯れ」

ボッ!

一瞬で薪に火が燃え移り、厨房にオレンジ色の暖かな光が広がった。

「……おぉ、すげぇ。マッチもチャッカマンもいらないわけか。魔法ってのは、便利だな」

八起の素直な感嘆に、ルナリアは「……ふん。これくらい、できて当たり前よ」と顔を背けたが、

その耳たぶは少し赤くなっていた。

「よし、火加減はバッチリだ。……じゃあ、下準備といこうか」

八起は洗い場へ向かうと、謎の塊を水で丁寧に洗い流した。

そして、おもむろにシオリから受け取った予備の布を数枚重ね、水に浸してびしょ濡れにする。

それを塊に何重にも巻きつけると――あろうことか、そのまま燃え盛る竈の炎の中へ、

無造作に投げ込んだ。

「ああっ!?」

真っ先に悲鳴を上げたのはテオとリナだった。

せっかく見つけた食べ物が、無慈悲に火の中に放られたのだ。

兄妹は、自分たちの最後の希望が炭になっていくのを見るような、絶望的な顔で炎を見つめた。

「ちょっと!おじさん、何してるのよっ!!」

ルナリアが八起の胸ぐらを掴まんばかりの勢いで怒鳴りつけた。

「せっかく火をつけてあげたのに、いきなり燃やしちゃうなんて……!

食べ物を粗末にするにも程があるわ!やっぱりただの頭のおかしいおじさんじゃないの!」

一方で、軍師ゼフェルは顎に手を当て、燃え盛る火をじっと凝視していた。

「……待て、ルナリア。ただ燃やすだけなら布を巻く必要はない。あの布には水分が含まれている……。

つまり、火の熱を直接当てず、じわじわと内部に伝える『熱伝導の制御』……。

八起殿、これはもしや、調理と同時に解毒の精度を上げるための高度な加熱術なのですか!?」

ゼフェルの深読みが加速する中、シオリだけは頬を染めて、八起が投げ込んだ竈を誇らしげに指差した。

「ふふーん!安心してくださいルナリア様。私の紡いだ魔糸の布は、これくらいの熱では燃えません!

おじ様の使い方はとってもワイルドで……あぁ、私の布が熱い炎に包まれて……

これって実質、私とおじ様の愛の共同作業……うふふ、うふふふふっ!」

「シオリ、今は黙ってなさい!」

ルナリアが叫ぶ。厨房に、パチパチと薪が爆ぜる音と、何かが蒸されるような独特の匂いが漂い始めた。

「……まぁ、見てな。何でも屋の『趣味』ってのは、効率が命なんだよ」

八起は作業着のポケットを叩き、自信たっぷりに笑った。

「あいつの出番だな。さぁ~てと、一仕事といきますか」

八起は不敵な笑みを浮かべ、一人で再び宝物庫へと足を向けた。

数時間前、あのガラクタの山を仕分けしていた時に見つけた「ある物」が、

八起の脳裏に焼き付いていた。

それは前魔王が「色がエロい」という理由だけで買い叩き、

側近たちも正体不明の鉱石だとして放置していた、巨大なピンク色の塊――。

(あれはどう見ても、巨大な岩塩だ。しかもかなり良質なやつだぜ)

何でも屋として現場の資材を管理してきた八起の目は、それがただの置物ではないことを見抜いていた。

味付けが一切ないこの状況で、あの大塊を削り出せば、最高の調味料になる。

職人の顔に戻った八起が、暗い廊下へと消えていく。

主のいなくなった厨房では、パチパチと薪が爆ぜる音と、

少しずつ漂い始めた「甘く香ばしい匂い」だけが、ゼフェルの鼻腔をくすぐっていた。

その頃、浴室では……

「……いい?耳の後ろもちゃんと洗うのよ」

湯気が立ち込める大浴場。

ルナリアは文句を言いながらも、テオの頭をガシガシと洗い、リナの体を丁寧に拭っていた。

「ねぇ、お姉ちゃん。あのおじさん……魔王様なの?」

リナが不安げに尋ねると、ルナリアは手を止め、少しの間を置いてから答えた。

「さあね……。ただの無礼なおじさんよ。でも……」

ルナリアは、八起がリナを助けた時の、あの迷いのない厳しい瞳を思い出していた。

「……嘘だけは、つかない人みたいね」

八起は宝物庫の隅に鎮座する、ピンク色の巨大な岩塩の塊を仰ぎ見た。

軽自動車ほどもあるその巨塊は、調味料として使えば魔王国の全住民が数十年は塩に困らないであろう、とんでもない質量だった。

「……さて。どうやって運ぶか、だ」

とりあえず肩を入れて押してみたが、岩塩はピクリともしない。

ふと、さっき見たゼフェルの魔法を思い出し、八起は冗談半分で岩塩に向かって両手をかざしてみた。

「……あー、俺にもできねぇかな。えーっと……動けー!動け動け、動いてくださいっ!」

八起が気合を込めて叫んだ、その瞬間だった。

本人の自覚とは裏腹に、入れ替わった前魔王の「規格外の魔力」が、

彼の呼びかけを『発動命令』と誤認して暴発した。

ドォォォォォォン!!

「うわっ!?」

八起の体から噴出した魔力の濁流が、嵐のように宝物庫の奥へと吹き抜ける。

その奔流は、ガラクタの奥底で横たわっていた「未完成のゴーレム」の胸部へと直撃した。

ガギィィィィィィン!!

それはかつて、異国のマッドサイエンティストが「無敵の兵器」を求めて作り出したと伝えられる、

殺戮の自動人形だった。

あまりに複雑怪奇な内部構造ゆえ、歴代の魔術師たちが

「空の状態からでは、どんな魔石を使っても火を灯せない」と匙を投げた、不動の動力炉。

だが今、八起の無自覚かつ暴力的なまでの魔力が、その炉へ無理やり火を叩き込んだのだ。

ガタッ、ガタガタガタッ!!

「……んだ、今の。爆発か?」

目を凝らすと、ガラクタの山を内側から弾き飛ばして、

全高二メートルを超える無骨な巨体が立ち上がった。

上半身には重厚な装甲、下半身は未完成のフレームが剥き出しのゴーレム。

その瞳の奥に、ぼんやりと淡い青色の光が灯り、システムが再起動したことを告げる。

ギ、ギギィィ……。

関節が錆を削る音を立て、ゴーレムがゆっくりと八起の前まで歩み寄る。

そして、その巨体に見合わぬ静かな動作で、八起の前で片膝をつき、恭しく頭を垂れた。

「……お、おい。なんだ、お前。俺の言うことがわかるのか?」

ゴーレムは無言のまま、巨大な指先で岩塩を指し、それから自分の屈強な肩を叩いた。

どうやら、異国の狂った天才が組み込んだ「敵を殲滅し、主の障害を排除する機能」が、

八起の「岩塩が重くて運べない」という困りごとを、

真っ先に解決すべき『障害』として認識したらしい。

「助かる。じゃあ、それ担いで厨房まで来てくれ。一仕事、手伝ってもらうぜ」

八起は、自分の数倍はある岩塩を軽々と持ち上げた鉄の巨体に感心していた。

マッドサイエンティストが「無敵の兵器」として作っただけあって、その馬力は規格外だ。

「よし、出発だ」

八起が先頭を歩き、その後ろを、巨大なピンク色の塊を担いだゴーレムが、

地響きのような足音を響かせながらついていく。

厨房に戻ると、そこにはすでに風呂を済ませ、

シオリが爆速で仕立てた新しい服に身を包んだテオとリナが待っていた。

「……えっ!?な、何それ!?」

テオが驚きで飛び上がり、リナは目を丸くしてゴーレムを見上げた。

そこへ、浴室から戻ってきたルナリアが、濡れた髪を拭きながら現れる。

「……ちょっと、おじさん。その化け物は一体――って、嘘でしょ!?

それ、宝物庫の奥にあった、誰も動かせなかった未完成のゴーレムじゃない!」

ルナリアが絶叫し、竈に張り付いていたゼフェルが弾かれたように振り返る。

「なっ……!伝説の、異国の魔導兵器を起動させたのですか!?魔力炉が沈黙していたこれを、

八起殿、貴方は一体どんな術を……!それに、その無駄に巨大なピンク色の石は何です?

価値のない低品質な装飾鉱石まで運ばせて……」

「……ああ、これか?前魔王が『エロい』とか言って放置してたやつだろ。

まぁ見てな、これがいい仕事するんだ」

八起はさらりと受け流し、ゴーレムにピンクの塊――岩塩を下ろすよう指示した。

ズシン、と厨房の床が大きく揺れる。

「わぁ……すごい!かっこいい!」

最初は怖がっていたリナが、ゴーレムのぼんやりと光る青い瞳を見て、トコトコと歩み寄った。

リナはゴーレムの冷たい鉄の脚をペシペシと叩き、テオに振り返って笑う。

「ねぇお兄ちゃん、この子に名前つけてもいい?」

「え、あ、ああ……。そうだな。えっと……」

テオは少し気恥ずかしそうに鼻の下を擦り、どこかで聞いたような英雄譚を思い出しながら、

胸を張って叫んだ。

「デカくて強そうだから……『超絶破壊大巨人・ギガント』だ!」

「……兵器としてのプライドが首の皮一枚でつながりそうな名前だな」

八起が苦笑いする中、ゴーレム――ギガントは、感情のない瞳で子供たちを見つめ、

どこか満足げに関節をギギッと鳴らした。

「さあ、全員揃ったところで、調理再開だ」

八起は作業着の袖を再びまくり上げ、竈の中、ちょうど食べ頃に蒸し上がった「謎の塊」を見据えた。

厨房に、香ばしい、大地のエネルギーを感じさせる香りが一気に広がり始めた。

「よし、ギガント。その岩塩を使いやすい大きさに砕いてくれ」

八起の指示に、超絶破壊大巨人・ギガントが巨大な拳を振り下ろした。

ドゴォォン!という衝撃音と共に、側近たちが「価値のない装飾石」と切り捨てていたピンクの塊が、

使い勝手の良い小石サイズに砕かれる。

「次はシオリさん、出番だ。熱いから気をつけてな」

「お任せくださいおじ様ぁ!愛のレスキュー開始ですぅ!」

シオリの指先から放たれた魔糸が、生き物のようにかまどの中へ飛び込んだ。

赤々と燃える炎をものともせず、何重にも巻かれた布ごと「謎の塊」を絡め取り、

調理台の上へと静かに着地させる。

八起が濡れ布を剥ぎ取ると、そこには湯気と共に、驚くほど鮮やかな黄金色の身が姿を現した。

「……おぉ、いい具合だ」

だが、厨房にはまだ切り分けるための包丁がない。八起がどうしたものかと顎をさすった瞬間――。

「細切れにすればいいのですねぇ?うふふ、刻みます、刻んじゃいますぅー!」

シオリの八本の脚と両腕が、再び視認不可能な速度で荒ぶった。

シュシュシュシュシュッ!!

空気を切り裂く鋭い音が響き、放たれた極細の魔糸が、

巨大な黄金の身を正確無比に一口大へと寸断していく。

(……ヒェッ。あれ、一歩間違えたら人間なんて一瞬でバラバラだぞ……。

あの娘、実は一番の殺戮兵器なんじゃ……)

笑顔で糸を操るシオリの背後に、八起は本能的な恐怖を感じて冷や汗を流した。

しかし、出来上がった塊からは、そんな恐怖を吹き飛ばすほどの芳醇な香りが立ち昇っている。

「……さあ、食ってみな。今日からこいつの名前は『キョジャガ』だ。

ギガントが砕いた塩を、少しだけ振ってな」

テオとリナが、それからルナリアとゼフェルが、恐る恐る黄金の一片を口に運んだ。

「……っ!あ、甘い……!ホクホクしてて、お腹の奥が温かくなる……!」

リナが瞳を輝かせ、テオは言葉もなくガツガツと口に放り込む。

ルナリアは「……信じられない」と呟いたまま、頬を赤らめて咀嚼を繰り返した。

「この旨味、そしてこの満足感……。八起殿、これがあれば……これさえあれば、

民を飢えから救い、軍部の暴走を抑えることができます!

毒を抜き、塩で味を調える……たったそれだけの『知恵』が、この国を救う光になるなんて……!」

ゼフェルは震える手で『キョジャガ』を掲げ、

歴史的な大発見に立ち会った聖者のような顔で感動に浸っていた。

五〇歳の何でも屋が、ガラクタと毒の植物で作り出した、魔王城初めての晩餐。

それは、滅びゆく魔王国が再生へと舵を切った、記念すべき瞬間だった。



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