第二話 ガラクタはガラクタではないのです
魔王城の一室、そこには『眉目秀麗』を台無しにするほどの
疲労を滲ませたゼフェルが、山のような書類に囲まれていた。
「……八起殿。これが我が国の『真実』にございます」
ゼフェルが提示した資料は、恐ろしいほど緻密にまとめられていた。
暗算と法務を司る彼が、前魔王の放漫経営を一人で
食い止めてきた血と汗の結晶だ。
「借金こそありません。私が各国の高利貸しを法論破して
追い返しましたから。ですが……貯金もありません。
前魔王様が『なんか光るから』という理由だけで、
国庫の金を片っ端から得体の知れないガラクタに変えてしまわれました」
現在、魔王国の財政は枯渇。城下町は深刻な食糧難に喘ぎ、
民の顔からは活気が消えている。
さらに深刻なのは、給金をカットされた軍部だ。
「いっそ隣国へ攻め込み、略奪で食い繋ごう」という危険な思想が、
過激派を中心に広まりつつあった。
「内政は崩壊、外征は暴走寸前。まさに、積み上げた積み木が
崩れる直前の状態でございます」
ゼフェルの完璧な説明を聞き終え、八起はフム、と
作業着のポケットに手を突っ込んだ。
「なるほど。つまり『食いもんがなくて、金もない。
溜まってるのはガラクタと不満だけ』ってことか。
……典型的なダメ現場だね」
「……なっ! なんですかその他人事みたいな言い草は!」
横で控えていたルナリアが、我慢の限界とばかりに詰め寄った。
その顔は怒りで赤くなっているが、作業着姿の八起から漂う
「妙に落ち着くおじさんの匂い」に、内心激しく動揺している。
「八起殿! あなたがそんなふざけた格好で感心している間にも、
民は飢えているんです! おじさんの分際で、少しは事態を
重く受け止めたらどうなんです!? ……あ、いえ、別に期待なんて
してませんけど! 全然してませんからねっ!」
「はいはい、怒るな. 顔が怖いぞ」
八起はルナリアの毒舌を柳に風と受け流し、ゼフェルに向き直った。
「ゼフェルさん。あんた、これだけの状況を一人で回してきたのか。
……大したもんだ。あんたは間違いなく、この国で一番優秀な
『現場監督』だよ」
「……えっ」
完璧な理論武装をしていたゼフェルが、呆気に取られたように
目を見開く。
前代未聞の事態に「殿」呼びで距離を置いていたはずの彼に、
八起の純粋な「仕事への労い」が突き刺さる。
(この私を、ただの軍師ではなく『現場を支える者』として評価した……?
なんという洞察力だ。この八起殿、やはりただ者ではない……!)
「……ダメだわ、この軍師。もう絆されかけてるわ」
頭を抱えるルナリアを余所に、八起は不敵に笑った。
「さて、金がないなら『あるもん』で回すのが何でも屋の定石だ。
まずはその、前魔王が買い漁ったガラクタ部屋(宝物庫)とやらに
案内してくれ。……俺の趣味は『ジャンク品の修理と改造』でね。
腕が鳴るよ」
「……わからん……」
ゼフェルに案内された宝物庫の扉が開いた瞬間、
八起の口から漏れたのは、潔いほどの一言だった。
そこは「倉庫」と呼ぶにはあまりに広大で、積み上げられた品々は
カオスを煮詰めたようだった。
「……ゼフェルさん、これ何?」
「分かりかねます。前魔王様が『形が卑猥で芸術的だ』と仰って、
我が国の国庫を空にしてまで購入した、正体不明の金属塊にございます」
「じゃあ、こっちの……無数にトゲがついた車輪みたいなのは?」
「……記録によれば『持つだけで強くなれる気がするオブジェ』
とのことですが、用途は一切不明です」
八起は、積み上がった「禍々しいだけの何か」の山を見上げ、
深く溜息をついた。
側近である二人ですら、それが武器なのか、家具なのか、
あるいは単なるゴミなのか判別できない。
ただの「高い買い物」という事実だけが、そこには積み上がっていた。
「……ストップ、ストップ。説明を聞けば聞くほどわからん」
八起は作業着の袖をまくり上げ、鋭い目でガラクタの山を睨みつけた。
「俺が知りたいのは、これが『どれくらい丈夫か』とか
『分解できるのか』とか、そういう実際に使えるかどうかの話なんだ。
……悪いけど、二人とも一度外に出ててくれ」
「えっ? ですが、この不浄な部屋に一人で残るなど……」
「いいから。何でも屋は、現場の『資材確認』をする時に
人がいると集中できないんだ。数時間したら戻ってきてくれ。
……その頃には、仕事のプランを立てておくから」
八起の有無を言わせぬ仕事師の空気に、ルナリアは
「……ふん、せいぜいガラクタに囲まれて途方に暮れることね!」
と毒づき、ゼフェルを連れて退室した。
八起は一人、宝物庫の静寂の中に残された。
扉の向こうからはルナリアの「どうせ何もできずに泣きついてくるわ」という
毒舌が微かに聞こえていたが、今の八起の耳には届いていない。
目の前には、側近二人ですら正体を知らぬ「異形のガラクタ」の山。
禍々しく捻じ曲がった金属、脈動するように明滅する石、
用途不明の鋭利なブレード……。
「……なるほど。こりゃあ、ただの武器屋や骨董屋じゃ
一生かかっても『正解』は出せないな」
八起は作業着の袖をまくり、山へ一歩踏み出した。
「だが、こいつらは言ってるぜ。……『俺をここに嵌めろ』
『俺を回せ』ってな。モノに罪はねぇ。使い道を知らねぇ奴が悪いんだ」
彼にとって、これらは伝説の武具でも呪いのアイテムでもない。
ただの「規格外のパーツ」だった。
数時間後、扉が開き、ルナリアとゼフェルが戻ってきた。
二人は、部屋の中央でホコリにまみれ、満足げに鼻歌を歌う
八起の姿に目を剥いた。
カオスだったガラクタは、八起の手によって「重さ」「大きさ」
「形状」ごとに完璧に仕分けられ、整然と並べられていた。
八起は作業着の膝をパンパンと叩いて立ち上がると、
腹の虫を盛大に鳴らした。
「……腹減った……」
「……はぁ!? こんだけ人を待たせておいて、第一声がそれですか!?
この、おじさん!」
ルナリアが呆れ果てたように叫ぶ。
だが、ゼフェルは仕分けられたガラクタの「秩序」を見て、
戦慄に近い感銘を受けていた。
「八起殿……この城には今、料理人がおりません。
食事は城下町まで降りる必要がありますが……今の惨状、
果たして胃を満たせるものがあるかどうか」
「いいから。現場の飯を知るのも、仕事のうちだ」
城の門をくぐった先、八起が目にしたのは、
活気とは無縁の「灰色の景色」だった。
石畳の道は割れ、家々の窓は固く閉ざされている。
本来なら露店が並び、賑わっているはずの通りには、
人っ子一人いない。
時折、物陰からこちらを伺う民の目は、一様に濁り、
飢えと警戒心に満ちていた。
「店が一つもないじゃないか。……ゼフェルさん、
これじゃ『外食』どころか『買い出し』もできねーぞ」
八起が呆れたようにそう呟いた、その時だった。
大通りのすぐ脇にある薄暗い路地裏から、必死な子供の叫び声が響いた。
「リナ! 目を開けろ! リナっ!」
八起は反射的に体が動いた。
長年の何でも屋家業で、トラブルの気配には敏感だ。
角を曲がると、そこには薄汚れた服を着た少年・テオが、
地面に突っ伏して苦しむ妹・リナの体を必死に揺さぶっていた。
「おい、どうした!?」
八起が駆け寄ると、テオは涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、
八起を睨みつけた。
「あ、あんた誰だよ!? どけよ! リナが……リナが死んじゃうんだ!」
リナの傍らには、どこで見つけてきたのか、
土まみれの「紫色のゴツゴツした塊」が転がっている。
生でかじった跡があり、そこからは禍々しくも青白い「芽」が
いくつも飛び出していた。
「……ゼフェル、あれは何? 毒物じゃないの?」
追いついてきたルナリアが顔を顰める。
ゼフェルも眼鏡の奥の瞳を鋭くさせた。
「……あれは、最近この近辺で自生し始めた謎の植物です。
飢えた民が手を出しては、原因不明の腹痛と高熱に襲われるという……。
我が国では『悪魔の落とし子』と呼ばれ、恐れられています」
リナは泡を吹き、顔を青ざめさせて意識を失いかけている。
テオは絶望に打ちひしがれ、ルナリアは痛ましさに目を逸らした。
だが、八起だけはその紫の塊を拾い上げ、じっと観察した。
「……『悪魔の落とし子』だぁ? 笑わせんなよ」
八起はリナの口を無理やり開かせ、指を突っ込んだ。
「おい、何をするんですかおじさん! 死者に鞭打つ気!?」
ルナリアが叫びかけたが、八起は無視してリナを横向きに寝かせ、
喉の奥に指を差し込んだ。
「坊主! 水だ、あるだけ持ってこい!
ルナリアさんは背中をさすってやってくれ!」
「なっ、なんで私が……っ! うう、不潔です、不潔ですけど……っ!」
ルナリアは顔を真っ赤にして文句を言いながらも、
八起のただならぬ気迫に押され、リナの背中を懸命にさすり始めた。
八起の適切な処置によって、リナの口から未消化の
紫色の塊が吐き出される。
だが、顔色の悪さは変わらず、呼吸も浅い。
「ゼフェル! 何ぼーっとしてるの、早く解毒魔法を使いなさいよ!」
ルナリアの切羽詰まった叫びが響いた。
その言葉に、リナの背中を支えていた八起は、思わず間抜けな声を上げた。
「……は? ゲドクマホウ?」
「何をボケっとしているんですか、おじさん!
いいからしっかり押さえてて!」
ルナリアに一喝され、八起は面食らいながらもリナの体を固定する。
すると、傍らに膝をついたゼフェルがその整った顔立ちを凛と引き締め、
流麗な所作で両手をかざした。
「……清めたまえ。巡る命の滞りを、白き慈悲にて解き放たん。
――『デトックス・ヒール』」
ゼフェルの掌から、柔らかな、それでいて透き通るような
白金の光が溢れ出した。
光はリナの小さな体を包み込み、染み込むように消えていく。
直後、リナの土色だった顔色に見る見るうちに血色が戻り、
浅かった呼吸が深く静かなものへと変わった。
「……う、うう……」
リナが小さく唸り、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
それを見た八起は、目を見開いたまま固まっていた。
(マジか……。今、手が光ったよな? 手品じゃないよな?)
全裸で玉座にいた時から薄々感じてはいたが、目の前で魔法という
超常現象を突きつけられ、八起はようやく理解した。
ここは自分の知る「現代日本」の常識が通用しない、
本物のファンタジーの世界なのだと。
「……ゼフェルさん。今の、魔法……なんだな? 他にもいろいろあるのか?」
八起が呆然と尋ねると、ゼフェルは秀麗な眉目を少しだけ曇らせ、
不思議そうに頷いた。
「ええ。攻撃魔法から生活魔法まで多岐にわたりますが……。
八起殿、もしかして魔法を初めてご覧になったのですか?」
「……あ、あぁ。俺の世界じゃ、手から光が出るのは手品師か、
映画の中だけだ」
「テジナシ? エイガ? ……また不可解な概念を。
やはり八起殿の叡智は、既存の魔導理論を超越した
場所にあるのですね……!」
ゼフェルが勝手に納得して感銘を受ける横で、八起は地面に転がる、
泥と紫色の光が混じったような謎の塊を拾い上げた。
ずしりと重く、表面からは不気味な青白い芽が
いくつも角のように生え出している。
「……落ち着いたか、坊主」
八起は、ようやく泣き止んでリナの頭を撫でているテオに向き直った。
テオは小さく頷き、服の袖で乱暴に涙を拭うと、
八起の作業着をじっと見つめた。
「……助けてくれて、ありがとう。あんた、魔王城の人だろ?
責めるなら俺だけにしてくれ。リナは、腹が減りすぎて、
落ちてたそれを食べただけなんだ」
「責めやしないよ。……ところで、お父さんやお母さんはどうした?
こんなところで子供二人、危ないだろう」
八起が静かに尋ねると、テオは寂しそうに視線を落とした。
「いないよ。父ちゃんは戦争で、母ちゃんは流行り病で死んだ。
……城下町の端っこで、二人でなんとかやってる。
でも、最近は仕事も食べ物も、どこにもなくて……」
その言葉に、ルナリアは痛ましげに唇を噛み、
ゼフェルは無言で瞑目した。
魔王国の「真実」が、子供の口から突きつけられた瞬間だった。
「そうか。……苦労したな。だがな、坊主。こんな危ねぇもん、
二度と拾って食うなよ」
「……だって、それしか見当たらなかったんだ。それは『悪魔の落とし子』で、
食べちゃいけないって知ってたけど、リナが、お腹が空いたって……」
八起は手の中の紫色の塊を、陽の光に透かすようにしてじっくりと観察した。
泥を払い、不気味な色を無視してその造形だけを見れば、
見覚えがありすぎる。
「これ、俺のいた世界の『ジャガイモ』って野菜にそっくりだ。
……サイズは冗談みたいにデカいがな」
「ジャガイモ……? それが、この呪われた植物の正体だと?」
ゼフェルが怪訝そうに眉を寄せた。
八起は塊の表面から突き出した芽を指差し、淡々と説明を始める。
「いいか。この野菜はな、本体は栄養満点で腹持ちも最高なんだが、
この『芽』の部分だけには強い毒があるんだ。それを知らずに生で食えば、
大人だってこうなる。……だが、逆に言えば、芽を綺麗に取って
しっかり火を通せば、これほど頼りになる食料はないんだぞ」
八起の言葉に、テオが希望を縋るような目で顔を上げた。
ルナリアはまだ半信疑といった様子で、ツンと顔を背ける。
「……ふん、おじさんの大口じゃないでしょうね。もし嘘だったら、
そのジャガイモ(?)を口に詰め込んでから牢に叩き込んでやるわよ」
「はは, 怖いね。……よし、この『紫の塊』は全部俺が持って帰る。
坊主、お前らも来い。城に帰って、ちゃんと食べられるようにしてやるよ」
「えっ……お、俺たちも城に行っていいのか?」
「ああ。何でも屋の仕事は、現場の安全を確認するまでがセットだ。
……ゼフェルさん、いいな?」
ゼフェルは「魔王国の食糧難を解決する鍵が、毒の抜き方ひとつだったとは……」
と、八起の知識の深淵にまたしても打ち震え、深く頷いた。
「もちろんです、八起殿。……シオリにも準備をさせましょう。
リナ殿の静養場所も必要ですからな」
八起は残りの紫の塊を拾い上げたが、そのあまりの巨大さに眉を寄せた。
一つがバスケットボールほどもあり、作業着のポケットには到底入らない。
「……こりゃ、手で抱えて帰るには骨が折れるな」
八起は辺りを見渡し、路地裏に捨て置かれていた古びた麻袋を
拾い上げた。「使えるものは何でも使う」精神である。
袋に塊を詰め込み、慣れた手つきで口を縛ると、
それをひょいと肩に担ぎ上げた。
「よし、これでいい。重いのは慣れっこだ。……ほら、行くぞ。
リナちゃん、おじさんが美味いもん食わせてやるからな」
テオの肩を軽く叩き、八起は麻袋を背負って歩き出した。
殺伐とした城下町を背に、作業着を泥で汚し、大きな袋を担いで
歩く五十男。その背中は、魔王というよりも
「現場帰りの職人」そのものであった。
だが、その後ろを歩くゼフェルとルナリアの目には、その背中が
絶望に沈む国に「希望」という名の資材を運ぶ、
誰よりも頼もしいリーダーの姿に見えていた。
「……ゼフェル、あのおじさん。意外と力持ちなのね」
「ええ。重荷を背負って歩く姿に迷いがない。……やはり、
この国を背負う覚悟がおありなのでしょう」
「……そんな立派なもんじゃないと思うけど。でも、まあ……
少しだけ期待してあげてもいいわ」
ルナリアはそう呟き、少しだけ早足になって八起の隣へと並んだ。
一行は、夕闇に包まれ始めた魔王城への帰路についた。
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