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第一話 おっさん召喚されました。

初投稿です。不慣れですがよろしくお願いします。どんな声もお聞かせください。

「ふぅ~。今日も一日お疲れさん!」

狭い賃貸アパト、湯気が立ち込める浴室。

七転八起ななころびやおき五〇歳は、安物の入浴剤が溶けた緑色のお湯に、深く首まで浸かった。

少し白髪の混じった髪をかき上げ、

ふぅー、と長い溜息を吐き出す。

「明日は換気扇の掃除に、午後は犬の散歩代行か……。何でも屋も楽じゃないねぇ」

独身、貯金なし、定職なし。

だが、身に付けた小器用な技術と「なんとかなるさ」の精神で、これまでしぶとく生き抜いてきた。

八起が目を細めた、今日一日の疲れを湯船に溶かし出そうとした、その時だった。

「あとは、よろしく」

耳元で、傲慢な、それでいてどこか投げやりな男の声が聞こえた。

直後、浴室の湯気が異常なほどに膨れ上がり、視界が真っ白に染まる。

「……ん?なんだ、火事か?」

慌てて目を開ける。

しかし、そこにいたのは、さっきまで浸かっていた安アパートの湯船ではなかった。

カビ臭い天井の代わりにあったのは、見上げるほど高い、

荘厳で禍々しい彫刻が施された円蓋ドーム

柔らかな浴槽の縁の代わりに手が触れたのは、冷たく硬い、

黒真珠のような光沢を放つ巨大な椅子の肘掛けだった。

そして、何より。

「……寒い」

八起は今、広い玉座の間で、一糸まとわぬ「全裸」の状態で座っていた。

「……な……な……」

階下から、震える声が聞こえた。

八起が視線を落とすと、そこにはひざまずく二人の男女。

一人は、眼鏡の奥の瞳を限界まで見開いた、軍服姿の絶世の美女。

もう一人は、あまりの光景に彫像のように固まった、白銀の甲冑を纏った美青年。

静寂。

八起の股間を、魔王城の冷たい隙間風が通り抜けていく。

(あ、これ、夢だな。よし、寝よう)

現実逃避を決め込んだ八起は、堂々とした動作で(全裸のまま)背もたれに深く背を預け、

組んだ足で大事なところを隠しつつ、ふてぶてしく言い放った。

「……で。ココドコデスカ?」

静まり返った玉座の間。

八起の口から出たのは、現実逃避の果ての、あえて相手の土俵に乗らない「とぼけた片言」だった。

白髪混じりの頭をポリポリと掻きながら、八起は堂々と(全裸で)足を組み、小首をかしげる。

内心は心臓が口から飛び出しそうなほどバクバクだが、

長年「何でも屋」で修羅場を潜り抜けてきた経験が、無駄に落ち着いた表情を作らせていた。

だが、対峙する側近たちの動揺は、八起の想像を遥かに超えていた。

「なっ……ななな、何を……ッ!?」

悲鳴に近い声を上げたのは、眼鏡をかけた美女、ルナリアだった。

彼女は手元の書類をバラバラと床にぶちまけ、顔を林檎のように真っ赤にして絶句している。

その視線は八起の顔と、隠しきれていない「無防備な下半身」の間を、

壊れた計器のように高速で行ったり来たりしていた。

「魔王様、何を……いえ、貴方は一体……!?陛下はいずこへ!?なぜ、なぜそんな……そのような、

恥知らずな格好で玉座に座っておられるのですか!」

ルナリアの怒声が広い間に響き渡る。

その隣では、白銀の甲冑を纏った軍師、ゼフェルが魂の抜けたような顔で立ち尽くしていた。

「陛下が……消えた……?いや、入れ替わったのか……?

しかし、この魔力の波長は間違いなく陛下のもの……。

だが、外見はどう見ても、ただの、その……くたびれた人間のおじさんだ……」

ゼフェルは完璧な美貌を歪ませ、ぶつぶつと虚空に向かって呟き始める。

英才教育で詰め込んだ膨大な知識の引き出しを、

猛烈な勢いでひっくり返しているようだったが、

目の前の「全裸の中年男性」という異常事態を処理できる項目はどこにも存在しなかった。

「あー、ノー魔王。ミー、お風呂。ジャスト・バスタイム。……アンダスタン?」

八起は努めて冷静に、ゆっくりと首を横に振った。

内心では(早く帰してくれ!風邪ひくわ!警察呼ばれるだろこれ!)と絶叫していたが、

ここで取り乱せば即座に首が飛ぶかもしれないという本能が、

彼を「飄々としたおっさん」に留めていた。

「ふざけないでください!衛兵!誰か、この不敬者を」

ルナリアが叫びかけた、その時。彼女の視線が、再び八起の「無防備な一点」に吸い寄せられた。

怒りで沸騰しそうな脳裏に、網膜に焼き付いた全裸の残像がフラッシュバックする。

(な、なんてものを……!陛下と入れ替わった不届き者だというのに、

どうしてこれほどまで堂々と……!?)

「その、見苦しいものを……しまえと言っているんですッ!!」

ルナリアの羞恥心はついに限界突破した。

彼女は近くの台座に飾られていた、禍々しい装飾の施された「魔銀の壺」を、ひっつかんだ。

「これでも食らっていなさい!この、不潔、不敬、無礼者ぉっ!!」

凄まじい勢いで投じられた壺が、放物線を描いて八起の股間へと飛来する。

(うおっ!?あぶねぇ!!)

八起は本能的に、何でも屋で鍛えた動体視力と反射神経をフル稼働させた。

空中で回転する壺の取っ手を、流れるような動作でキャッチ。

そのまま勢いを利用して、股間の「大事なところ」を隠すように壺をスッポリと被せた。

スポンッ!

乾いた音が玉座の間に響く。シュールな姿が完成した。

「…………っ!?」

ルナリアは、放った壺が「そこ」へ吸い込まれるように収まった光景を目の当たりにし、言葉を失った。

怒り狂って投げつけたはずが、結果として自分が、

見ず知らずのおっさんの股間を丁寧に防衛デコレーションしてしまった形である。

あまりの羞恥と、信じがたいジャストフィット具合に、彼女の思考は完全にショトした。

口を金魚のようにパクパクとさせながら、顔面を沸騰せんばかりに真っ赤にして呆然と立ち尽くす。

「……セーフ。ナイス・ピッチング。ユー、いい肩してるね」

八起は冷や汗を拭いながら、壺をしっかりと股間にホルドしたまま、親指を立ててみせた。

その堂々とした(そして極めて間抜けな)姿に、背後の軍師ゼフェルが確信に満ちた表情で頷く。

「落ち着け、ルナリア。見るがいい……あの御仁の瞳には、

飛来する物体を咄嗟に股間の守りに転用する『生活の知恵』がある。

これこそが、次元の彼方より来たりし新たな支配者の証明ではないか」

「ゼフェル……あんた、何を、言って……っ!」

「いいから、今はその不敬な言葉を飲み込め。……おい!誰かある!シオリ!シオリはどこだ!」

ゼフェルの朗々たる声が廊下に響き渡る。

それから一分もしないうちに、パタパタカサカサという多脚特有の軽快な音が近づいてきた。

「はぁ〜い、お呼びでしょうかぁ〜?ゼフェル様ぁ」

現れたのは、上半身は可憐な少女、下半身は巨大な蜘蛛という姿の使用人、シオリだった。

彼女はおっとりとした笑みを浮かべて現れたが、玉座に座る「壺おじさん」と目が合った瞬間、

その動きがピタリと止まった。

「あ……」

シオリの大きな瞳が、八起の顔から、逞しい(?)胸板、

そして中央に鎮座する小さな壺へと吸い寄せられる。

「……人間の、おじ様。しかも……えっ、

ええええっ!?何ですかあのワイルドすぎるファッションはぁ!?」

シオリの脳内回路が、瞬時に爆走を開始した。

(あれは……もしかして、私への求愛行動!?『俺ははいつでも準備ができている』という

熱烈なメッセージ!?しかも隠すのが壺!?斬新すぎます、刺激が強すぎますぅ!)

「シオリ、妄想を止めろ。鼻血が出ているぞ。……すぐにこの方に纏うものを用意しろ。

このままではルナリアの血管が切れる」

「待ってくださいおじ様!今すぐ、私の愛(糸)で、あなたを包んで差し上げますからぁ!」

シオリが猛烈な勢いで糸を紡ぎ始めようとしたその時、八起が待ったをかけるように片手を上げました。

「あー、ウェイト。シオリさんだっけ?そんな仰々しいのはいらないから」

「えぇっ!?で、ですがおじ様、これではお風邪を召してしまいますし、

何よりルナリア様の目から血が出てしまいますぅ!」

「いや、服はいる。いるんだけど……。えっと、上は綿っぽいやつ。

ポケットがたくさん付いてて、丈夫な灰色か紺色。下も同じ色のズボンで、

裾は邪魔にならないように絞ってあるやつ。要は……作業着。作業着を作ってほしい」

八起は、いつも仕事で着古している「何でも屋・七転」のユニフォームを思い浮かべ、

身振り手振りでざっくりと説明した。

「さ、さぎょうぎ……?それは異世界の正装なのですかぁ?」

シオリは首を傾げ、妄想フィルターをフル回転させる。

(作業するための着衣……。つまり、私との共同作業(新婚生活)専用の愛の衣ということですね!

なんて素敵な響き!)

「……承りましたっ!おじ様の望むままに!」

次の瞬間、シオリの八本の脚と二本の腕が、視認できないほどの速度で動き出しました。

シュシュシュシュシュッ!!

空中に舞う純白の魔糸が、八起の説明通りに色を変え、形を変え、立体的に組み上がっていく。

「ほい、完成ですぅ!」わずか数秒。

八起の目の前には、見慣れた「作業服上下」が、完璧な形で置かれていました。

「……は?」

八起は、思わず口を半開きにして固まりました。

ついさっき説明を終えたばかり。自分の感覚では、まだ空中に糸が舞っている残像すら見えています。

「……え、もう?マジで?」

八起は恐る恐る、出来立ての作業着に触れました。

温かい。まだシオリの魔力の熱が残っています。

裏地を確認し、ポケットの縫い目を見ても、ほつれ一つありません。

「……これ、すごいね。俺の世界の最新ミシンでも、いや、熟練の職人が百人いてもこうはいかない。

……感動した。アンタ、天才だよ」

何でも屋として、道具や技術を人一倍大切にしてきた八起の言葉には、

心からの敬意がこもっていました。

「ひゃうっ!?て、天才……愛の告白……っ!?」

シオリは顔を真っ赤にして、茹で上がったタコのようにクネクネと身をよじらせました。

八起は感心しながら壺を外し(ルナリアが即座に絶叫して顔を背けました)、

手早く作業着を身に纏いました。

「……うん、落ち着く。やっぱりこれだね」

玉座に座る、くたびれた作業服姿の五十歳。魔王城の荘厳な雰囲気からは完全に浮いているが、

本人はようやく人心地ついた表情だ。

だが、その緩んだ顔は一瞬だった。

八起はふう、と深く息を吐き出すと、膝に置いていた手を握り込み、ゆっくりと顔を上げた。

先ほどまでの飄々とした「とぼけたおじさん」の空気は消え、

そこには長年、修羅場のクレム処理や無理難題な現場をこなしてきたプロの、

鋭くも落ち着いた「仕事師」の眼差しがあった。

「……さて。冗談はこれくらいにしましょうか」

低く、通る声。

八起は玉座の背もたれから体を離し、正面に立つルナリアとゼフェルをまっすぐに見据えた。

「俺は見ての通りのただの人間だ。入浴中に変な声が聞こえたと思ったら、

いきなり全裸でここにいた。……代わりに、ここにいたはずの『誰か』が、

俺のいた場所に飛ばされた。そういうことでいいんですかね?」

その豹変ぶりに、ルナリアは息を呑んだ。

先ほどまで股間を壺で隠してへらへらしていた男と同一人物とは思えない。

その瞳に宿る圧倒的な「経験値」の重みに、彼女の毒舌が喉の奥で凍りつく。

「わ、我が国の魔王陛下は、禁忌の召喚術を発動されました。そ

の……陛下に不満があったわけではありませんが、我が国は今、非常に困難な状況にありまして……」

「困難、ね」

八起は鼻を鳴らし、広大な、しかしどことなく埃っぽく、

手入れの行き届いていない玉座の間を見渡した。

「国だの魔王だの、スケルのデカい話は正直よくわからん。

だが、あんたらの顔色、そしてこの部屋の空気……。どう見ても『景気がいい』ようには見えないな。

……で。何が起きてる?隠さず全部話しなさい。

何でも屋は状況を把握してない仕事は受けない主義でね」

五十男が醸し出す、独特の包容力と厳しさが混ざり合った圧力。

それを受けたゼフェルは、ゾクゾクとするような高揚感に背筋を震わせ、恭しく頭を下げた。

「御明察にございます。……実を申し上げれば、この魔王国は今、滅亡の淵に立たされております」


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