第五話 侵略兵器?いえ、トラクターです。
ズズゥゥン……ズズゥゥン……。
魔王城の巨大な石門が、重低音を響かせて左右に開かれた。
その奥から這い出してきた異形の巨体を目にした瞬間、城下町の活気は一瞬で氷結した。
「な……なんだ、あれは……」
「ひ、ひぃぃっ!出たぞ、化け物だ!」
下半身に巨大な無限軌道を装備し、
背後には太陽の光を凶悪に反射させる無数の鋭利なブレードを背負った鉄の怪物。
それが一進みするたびに、石畳は悲鳴を上げて砕け、周囲の建物が細かく震える。
かつて戦場の蹂躙を目的に作られた伝説の兵器が、さらなる「禍々しさ」を纏って顕現したのだ。
民は震え上がり、家の中へ逃げ込み、窓の隙間から「死の行軍」を仰ぎ見た。
そんな絶望的な視線を一身に浴びながら、八起はギガントの肩の装甲にひょいと腰掛け、
耳に挟んでいた使い古した鉛筆を取り出すと、それで耳を穿っていた。
「……なんか、視線が痛いなぁ。俺、そんなに変な格好してるか?」
「当たり前でしょう!その格好じゃなくて、乗ってる物の話よ!」
隣を歩くルナリアが顔を真っ赤にして怒鳴る。
彼女もまた、この「重機」が放つ威圧感に気圧されていた。
一行がたどり端いたのは、城外に広がる、荒涼とした大地だった。
八起が動作確認のために魔力を通すと、ギガント背後の回転刃が
「ヒュュゥゥ……ウォォォォォン!」と、
空気を切り裂くような高周波を上げ始めた。その直後だ。
「ガハハハハ!素晴らしい!この匂い、この振動!まさしく戦場の予感よ!」
地響きを立てて現れたのは、一団の重装騎兵を従えた魔王軍の主力部隊だった。
先頭に立つのは、灰色の毛並みを逆立て、筋骨隆々の巨体を誇る老雄、人狼族の長、ガルム将軍だ。
軍部随一の超脳筋として知られる彼は、ギガントの禍々しい姿を見るなり、狂喜乱舞して叫んだ。
彼はまだ、傲慢だった前魔王が召喚術でこの異世界のおじさんと物理的に入れ替わって
逃げ出したことなど知る由もない。
ガルムの目には、伝説の兵器を再起動させた八起が、
魔王が異世界から呼び寄せた凄腕の開発者として映っていた。
「おぉ、貴様が噂の開発者か!よくやったぞ!陛下(魔王)もようやく重い腰を上げられたか!
見ろ、この無数に並んだ血に飢えた刃を!これで隣国の兵どもを、
一人残らず肉片に変えてくれるというわけか!」
ガルムは八起の肩を、骨が軋むほどの力で叩いた。
その瞳には、破壊と略奪への狂気的な期待が宿っている。
八起は顔をしかめながら、隣のゼフェルに小声で尋ねた。
「……なぁ、ゼフェルさん。あの暑苦しいワンコ、誰?」
「……しっ!声が大きいです。あの方は我が軍の重鎮、ガルム将軍にございます。
八起殿が『現魔王』であることは伏せてありますので、合わせるように」
ゼフェルの囁きに「へぇ、ガルムさんね」と納得した
八起は、再び鉛筆を耳に挟み直し、気の抜けた声を上げた。
「いや……ガルム将軍。これ、トラクターだよ」
「……とらくたあ?」ガルムが鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
背後の軍幹部たちも、聞いたこともない単語に首を傾げる。
「なんだそれは。最新の殲滅陣形の名か?あるいは、敵を八つ裂きにする異国の呪文か?」
「違う違う。耕運機。……あー、土をふかふかにして、野菜を植えやすくするための機械だ。
説明するより、見た方が早いな。ギガント、ゴー!」
八起が合図を送ると、ギガントが巨大な回転刃を大地へと突き立てた。
ゴッッガガガガガガガガガッ!!
凄まじい地響きと火花が散り、コンクリートのように硬かった荒野が一瞬で粉砕される。
ギガントが無限軌道で力強く前進するたびに、その後ろには完璧に整えられた「ふかふかの黒土」が、
鮮やかな帯となって出来上がっていった。
「…………は?」
侵略の号令を今か今かと待っていたガルム将軍の口が、だらしなく開いた。
無敵の破壊兵器に見えたギガントが、その圧倒的な力を「土を柔らかくする」ためだけに費やしている。そのあまりに平和で、あまりにシュールな光景に、軍の精鋭たちは揃って石のように固まった。
「ふざけるなッ!貴様、我が魔王軍を愚弄するか!!」
数秒の沈黙の後、ガルムの咆哮が荒野を震わせた。彼は顔を真っ赤にし、
八起に掴みかからんばかりの勢いで詰め寄る。
「これほどの兵器を、泥に塗れる土いじりに使うだと!?魔王軍の誇りはどこへ消えた!
陛下をたぶらかし、このような玩具を作らせた不届き者は貴様か!!」
殺気立った軍人たちが一斉に武器を抜く。一触即発の事態。
だが、そこでルナリアが凛とした声で割って入った。
「いい加減になさい、ガルム将軍!誇りだ何だと言う前に、あんたの溺愛する娘さんは
どうするつもりよ!あの子、空腹のあまり部下に八つ当たりして寝込んでるんでしょ!」
「な……ッ、ガ、ガウラのことか!?」
娘の名が出た瞬間、将軍の殺気が霧散し、一転してうろたえ始めた。
そこへ軍幹部の一人がゼフェルへ冷ややかに問いかける。
「ゼフェル軍師!この異世界の男の戯言が、本当に我が国の危機を救うというのか!?
我らは納得がいかん!」
ゼフェルは優雅に一歩前へ出た。
「よろしい。ならば場所を移しましょう」
八起はギガントにその場での待機を指示し、全員を見渡した。
「……よし。ガルムさん、皆さん。城へ戻りましょう。ここからは『現場』の話じゃない。
あんたらと俺と、ガチンコの論戦だ」
こうして、作業着のおじさんと脳筋の軍部による、前代未聞の「論戦」が幕を開けることになった。




