第三十六話 未来の宝
シオリの魔糸に首を捉えられ、一歩も動けないバジール
の私兵たち。謁見の間に満ちる殺気は、今にも爆発しそうなほど
膨れ上がっていた。
だが、老獪なバジール大臣は、首元に死線が迫っている状況でも、
ニタリと醜い笑みを崩さなかった。
「はっはっは……。今日はただの、生存報告を兼ねた挨拶だ。
ゼフェル、ルナリア、子犬、そしてガルム将軍。次に来た時は、
相応の覚悟をしておくことだな」
そう言い捨てると、バジールは杖を鳴らして悠然と踵を返した。
私兵たちもまた、シオリの糸の隙を縫うようにして、
音もなく影へと消え去っていく。
彼らの姿が完全に消え去ると、謁見の間に、張り詰めていた空気が
一気に緩んだ。
「……行った、か」
ゼフェルが静かに剣を鞘に収め、全員が大きく安堵の息をもらした。
しかし、その表情は一様に暗い。全員の脳裏に、
ある共通の『懸念』が浮かび上がっていたからだ。
あのおじさん――七転八起は、争い事や血なまぐさい戦闘を、
何よりも嫌う穏やかな職人だ。
もしも魔王城がバジールとの泥沼の内乱に突入し、
自分の嫌いな戦闘が始まってしまったら……。
あの気まぐれな元・何でも屋は、愛想を尽かしてどこかへいなく
なってしまうのではないか。
「……ボスを、失うわけにはいかねえ」
ガウラが拳を固めて呟く。
「当然です。あの方こそ、我が国の救世主。絶対に戦闘などに
巻き込んではなりません」
ゼフェルも真剣な眼差しで頷いた。
一息つくと、ガウラはフライドポテトの余りをいくつか口に放り込み、
「じゃあ、あたしはボスの所に戻る!」と、再び疾風のように
城を飛び出していった。
残されたゼフェルは、ルナリアの方へと向き直る。
「ルナリア、これが八起殿から届いた手紙です」
「え……? おじさんから?」
手紙を受け取ったルナリアが、食い入るように内容に目を走らせる。
そこには、他国の少年勇者と遭遇したこと、
その対応としてポテトを『全員無料』で配布して
他国民の胃袋を完全に掴んだこと、
そして宿場町での滞在が記されていた。
これを見たゼフェルの目が、再び怪しく、かつ熱狂的に輝き出す。
「お分かりですか、ルナリア。八起殿は他国の最高戦力である
勇者を無傷で無力化しただけでなく、『無料配布』という恐るべき
手段で他国の経済を味方につけたのです。さらに、万が一の事態に
備えよというのは――」
「……というのは?」
「我々が保護している孤児たちを、次なる経済インフラの主軸として
組み込めという、壮大な『古代の叡智』に他なりません!」
相変わらずの超解釈を爆発させるゼフェルは、そのまま城内の
孤児たちの居住区へと向かった。
テオとリナをはじめ、魔王城でルナリアたちに保護されている
身寄りのない子供たち。
ゼフェルはその中から、比較的年齢の高い年長者を数人集めた。
「皆、よく聞いてほしい。八起殿から、君たちに新たなる重要な
使命が下された」
突然の軍師の訪問に緊張する子供たちを前に、ゼフェルは
手紙を掲げて今後の説明を始める。
「八起殿が今、滞在している魔王国内の宿場町……そこに、
我々の新たなる『お店』を開く。君たちには、その店舗運営の
中核を担ってもらいたいのだ」
子供たちの目が、驚きと希望で同時に見開かれた。




