第三十四話 ガルムvsガウラ
勇者コウタロウたちに正体がバレる前に、国境の町から
日の出前の暗闇に乗じて、ひっそりと抜け出すことに成功した。
それからの強行軍は、行きの何倍もの疲弊を八起たちに強いることとなる。
「……だめだ、もう腰が限界だ」
五十歳の体に、連続の野宿と徒歩移動は地獄以外の何物でもなかった。
行程のやっと半ば。往路ではタイミングが合わずに素通りした
魔王国内の小さな宿場町に辿り着いた時、
一行の疲労は頂点に達していた。
これ以上の無理は全滅を意味する。
八起はここで一泊することを決意したが、隣でブンブンと尻尾を振っている
少女に目を留めた。ガウラである。彼女だけはなぜか、
無駄に元気そうに目を輝かせていた。
「ガウラ、お前本当に元気そうだな。
悪いんだが、これから書く俺の手紙を持って、先に魔王城に行ってくれ」
「ん? ボス、お安い御用だぜ!」
八起は宿の粗末な机で羊皮紙を広げ、鉛筆を走らせた。
国境の町で起きた勇者一行との不測の遭遇、その場の対応として
ポテトを「全員無料」で配布し、他国の人々の胃袋を完全に掴んだ状況を
ありのままに書き記す。
最後に軍師ゼフェルへ、万が一の事態に備えておくよう、
何でも屋としての危機管理の文言を添えた。
インクが乾いた手紙をガウラに渡す。
「気をつけてな。無理はするなよ」
「おう! わかった! 朝までには城に着くからな!」
ガウラはニカッと笑うと、次の瞬間、凄まじい風を置き去りにして
超速で夜の闇へと消え去った。
「……あ、朝まで……?」
ここから魔王城までは、まだ数日分の距離が残されているはずだ。
それを一晩で駆け抜けると言っている。
疲労困憊の一行には、彼女が何を言っているのか、脳が理解を拒絶していた。
――その頃、魔王城。
謁見の間では、しびれを切らしたガルムとゼフェルが
激しい論戦の真っ最中であった。
「八起はどこへ行った! 内政猶予の期限は残り二ヶ月を切っているのだぞ!
魔王の座を放り出して敵前逃亡か!」
「ガルム将軍、不敬ですよ。八起殿は他国の経済を根底から揺るがす、
壮大なインフラ戦略を完遂されておられるのです!」
「詭弁を弄するな! 儂の我慢も限界だ。期限が来れば直ちに……」
激昂するガルムの声を引き裂いて、重厚な扉が豪快に蹴り開けられた。
「シオリ飯ぃーーー!! 腹減った!」
城内に響き渡る大音声。砂埃まみれで突入してきたガウラが、
叫びながら玉座の間に割り込んだ。
「ガ、ガウラ!? あなた、おじさんの護衛はどうしたの!」
その場に控えていた秘書官ルナリアが驚愕し、思わず身を乗り出した。
ガウラは首を傾げた。
「あ? ルナリアか。ボスなら途中の宿場でへばって寝てるぜ。
それよりオヤジィ! こんな所で目くじら立てて何してんだ?」
「何してんだとは何事か! ……む? お前、その耳と尻尾は……」
ガルムの鋭い眼光が、ガウラの様子に止められた。
娘の耳は従順に伏せられ、八起を語る姿はまるで、
主に懐く飼い犬そのものだったからだ。
人狼族の誇り高き血を引く我が娘が、あのおっさんに完全に手懐けられている落胆。
ガルムの胸に怒りが満ちる。
「……情けない。完全に牙を抜かれ、飼い犬のようになりおって。
八起が戻らぬなら、期限終了と共に即座に人間どもへ開戦を言い渡す!」
緊迫する空気に、ゼフェルが剣の柄に手をかけた、その時。
「お待たせいたしましたぁ」
おっとりした声と共に、アラクネのシオリが、巨大な銀のトレイを抱えて現れた。
そこには、揚げたてで湯気を上げる、大量のフライドポテトが山盛りになっていた。
さらに、八起が城下町限定としている
『4大マヨソース』の小鉢も添えられている。
香ばしい油と塩、出来たてのポテトの香りが謁見の間に充満する。
ゴクリ、とガルムの喉が鳴った。
「おい、オヤジ」
ガウラがポテトを一本つまみ、父親の鼻先に突きつけた。
「これ食って、熱くなった頭を冷やせってんだよ」
「……ぬう、儂を食い物で釣ろうなど」
「おいおい、ビビってんのか? 昔は大食い自慢だったガルム将軍がさぁ!」
我が娘の挑発的な笑みに、老雄のプライドが完全に火を吹いた。
「ぬかせ! 誰に向かって物を言っている! 全部食い尽くしてくれるわ!」
ここに、魔王城の歴史に刻まれる、唐突すぎる父娘の大食い対決が開幕した。
二人は猛烈な勢いでフライドポテトを口へと放り込んでいく。
「美味い……! だが、負けん!」
「ふん、まだまだこれからだぜ!」
ガルムは黄金の油で揚げられたポテトの美味さに衝撃を受けつつも、
手を止めない。ガウラも負けじとソースに手を伸ばす。
『たらこマヨ』でコクを増し、『唐辛子マヨ』の刺激でさらに食欲を加速させる。
だが、異変は『わさびマヨ』に手を伸ばした時に起きた。
「ぶふっ!? な、何だこの、鼻に抜ける破壊的なツーンは……っ!?」
ガウラが緑色のソースに大苦戦し、涙目になって動きを止める。
「ハハハ! どうしたガウラ、その程度か!」
ガルムが勝ち誇り、わさびマヨを豪快に口に運んだ。直後、老将軍の顔が緑色に変色し、絶句した。
「が、は……っ!? な、何だ、この暗殺兵器のような辛味は……!」
二人揃って涙目を浮かべ、鼻を押さえながら、意地だけでポテトを胃袋に叩き込んでいく。
壮絶なデッドヒートの末、最後に大皿のポテトを口に押し込んだのは――ガウラだった。
「ぷはぁー! あたしの勝ちだ!」
「ぐ、ぬぅ……このガルムが、食い倒れるとは……」
大の字にひっくり返るガルム。ポテトの美味さとマヨネーズの爆発的な衝撃に、戦意は完全に消沈していた。
お腹を叩いて満足げなガウラが「はっ」っとする。
「あ、忘れる所だったぜ」
ガウラは懐から、少しシワになった羊皮紙を取り出し、
呆然と見守っていたゼフェルに差し出した。
「これ、ボスからの手紙」
受け取ったゼフェルが、神聖な儀式のように手紙を開く。
そこに書かれた八起の『真意』を読み進めるうち、
美貌の軍師の目が怪しく輝き始めた。
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