第三十二話 勇者と魔王
大騒動の無料配布を経て、市場はようやく本来の落ち着きを取り戻しつつあった。
行列の波が一段落したところで、ポテトを平らげたコウタロウたちが、
改めて八起の屋台の前へと戻ってきた。
「おじさん、さっきはごめんね。改めて自己紹介させてよ」
黒髪の少年が屈託のない笑みを浮かべ、仲間たちを指さす。
「僕は鈴木コウタロウ。こっちの世界に召喚された勇者なんだ。
で、こっちの厳めしい美人が聖騎士のセシリア。
杖を持っているのが魔法使いのメル。
最後に、おっとりしてるのが聖女のノエルです」
コウタロウの言葉通り、黄金の甲冑を纏ったセシリアは未だ目を光らせ、
小柄なメルは興味深そうに屋台を覗き込み、
おっとりしたノエルは静かに微笑んでいる。
まさに聖法国の精鋭陣だ。
「俺は七転八起。しがない露天商さ。
で、そこでまだおすわりして威嚇してるのが、従業員のガウラだ」
八起が紹介すると、ガウラは未だにセシリアたちを睨みつけ、
ウゥ、と喉を鳴らしている。
「すまんな。ガウラの実家はちょっと、勇者という存在と因縁があってな……。
まあ、一種の職業病みたいなもんだ。許してやってくれ」
ガルム将軍の娘である以上、勇者は天敵中の天敵だ。
八起は「おすわり」の効力を維持したまま、無難な営業スマイルでその場を濁した。
「鈴木コウタロウ……君、もしかして、そのフライドポテトって、
君の故郷の食べ物なのかい?」
八起は魔王の関係者だとバレないよう、
あくまで「現地の好奇心旺盛なおじさん」を装って、探りを入れてみる。
「そうなんだよ、八起さん! 僕は日本って国から突然この世界に転移させられてさ。
この芋の味、まさに故郷の『マッグデナルド』、
通称マッグってお店のポテトにそっくりでさ。
まさか異世界で食べられるなんて感動したよ」
日本、マッグデナルド、マッグ。懐かしい単語に胸が締め付けられそうになる。
だが、八起は必死で動揺を押し殺し、首を傾げてみせた。
「へえ、ニホン、マッグデナルドか。おとぎ話みたいな話だな。
俺は昔、旅の商人からこの調理法を小耳に挟んでな。
ガラクタを集めて屋台を作ってみただけさ」
「そっかぁ、偶然なんだね! でも八起さん、マジで天才だよ。
あ、僕たちはこの町にしばらく滞在して、魔王軍の動向を探る予定なんだ。
また買いにくるね!」
「ああ、歓迎するよ。気をつけてな」
笑顔で手を振り、コウタロウたちを見送る。
背中を向けた瞬間、どっと冷や汗が噴き出した。
内心はヒヤヒヤどころの騒ぎではない。
まさか討伐対象の現魔王(仮)本人が、国境の町で勇者と世間話をする羽目になるとは。
「ボス、あいつら、やっぱり……」
「ガウラ、それ以上は言うな。今は壁に耳ありだ。……よし、店を畳むぞ」
手早く特製屋台を解体し、ガウラと共に這々の体で市場を離脱する。
だが、そのまま宿に戻るわけにはいかない。
勇者一行の目を完全に盗んだことを確認し、
八起は遠征をセッティングしてくれた高級商人の元へと急いだ。
商隊の荷置き場の奥、人目の付かないテントに商人を呼び出し、
事の次第を早口で告げた。
「商人、大変なことになった。さっきの市場に、聖法国の勇者パーティー本物が現れやがった」
「な、なんですとぉっ!?」
商人は持っていた帳面を落とし、泡を食って髭を震わせた。
「幸い、俺が魔王城の人間だとはバレずに適当にごまかしたが、
あいつらは魔王軍の動向を探るためにこの町に滞在するらしい。長居は無用だ」
「左様ですな……! 勇者の目が光る町で魔王国の商売を続けるのは、あまりに危険極まりない!」
「ああ。明日の早朝、日の出前にこの町を発つぞ。すぐに撤退の準備にかかってくれ」
八起は商人と固い握手を交わし、足早に自分の宿へと戻った。
外貨を稼ぐ出撃のはずが、まさかの勇者との遭遇。
おじさんの遠征ビジネスは、一転してスリリングな隠密撤退戦へと突入しようとしていた。
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