第二十八話 ファンタジー世界(前編)
大城壁の存在を初めて知った八起は、
ガラクタ部屋に戻り、作業台の上で移動式屋台の図面を
引き始めていた。
「考えてみれば、魔王国ってくらいだ。国という規模なんだから、
そりゃあそれなりにデカいわけだよな……」
以前、休日をのんびり過ごした時に、子供たちが荒野へ
行けるくらいだから、案外安全な国だと思い込んでいた。
完全に平和ボケしていたと言わざるを得ない。だが、そこは異世界だ。
「城壁の外には野生の魔物がいるか。……ってことは、
本物のドラゴンとかに会える可能性もあるわけだよな!」
かつて、ギガントよりデカいのか、小回りが利くのかと想像した存在だ。
地球の大型重機を超えるかもしれない超巨大生物の姿を
想像するだけで、男のロマンがふつふつと湧き上がる。
「一度でいいからお目にかかりたい。もしチャンスがあるなら、
あの背中に乗ってみたいなぁ……!」
背中にまたがり、異世界の広大な空を滑空できたら
どれほど気持ちいいだろう。
危険はあるだろうが、お目にかかれるかもしれないという期待に、
八起の胸の奥は、少年のようなワクワク感で満たされていた。
何でも屋として新しい現場に赴く前の、あの独特な高揚感が
全身を駆け巡る。
「さて、調理設備の設計だが……まずは本物の商人に
相談してみるか……」
そう考えて鉛筆を走らせていると、トントンと部屋の扉が叩かれた。
「八起殿、ご報告がございます!」
現れたのは、誰もが見惚れる超絶イケメン軍師のゼフェルだ。
「おお、ゼフェル。隣国への遠征の段取りは進んでいるか?」
「はっ! ただちに軍を動かしました。今回の行商には、
人狼族のガウラを含め、我が軍部より精鋭の穏健派を
二十名、護衛として招集いたしました!」
ゼフェルは完璧な笑顔で、これ以上ないほど有能そうに胸を張った。
……が、その中身は、相変わらず突き抜けた過剰崇拝のポンコツだった。
「おいおいおい、待て待て待て」
俺は思わず、図面を引いていた鉛筆を落としそうになった。
「ゼフェル、どこに戦争へ行くんだよ。俺たちは国境へ、
ただのフライドポテトの露店を出しに行くだけだぞ?」
「何を仰いますか! 八起殿は我が魔王国の運命を握る超重要人物!
野生の魔物だけでなく、他国の刺客に狙われる可能性すらあるのです!
これでも少なすぎるくらいかと!」
「いやいや、多すぎるだろ。護衛なんて、あの鼻の利く
ガウラ一匹……いや、一人だけで十分だろ」
ただでさえ人狼族のガウラは、最強の開墾要員であり忠犬だ。
「お言葉ですが、八起殿! 万が一のことがあっては、
魔王国の未来が――」
「まてまて! 俺はまだ、正式に魔王を引き受けるとは
一言も言ってないぞ。だいたいな、武装した軍隊を
二十人も引き連れた露天商が、一体どこの世界にいるんだよ」
怪しまれて他国の町に入れてもらえない未来が、簡単に想像できてしまう。
しかし、ゼフェルは「八起殿の古代の叡智による試練だ」とでも
言いたげな、熱い瞳で引き下がらない。
会話が平行線をたどり始めた。
「……駄目だこりゃ。よし、まずは本物の商人に話を聴こう。
大城壁の外がどんな様子なのか、商売のプロに確認するのが一番確実だ」
八起は深々と溜息をつき、頭を抱えた。




