第二十二話 大豆といえば、あれだ、あれっ!
「いよいよだな、異世界大地の恵み第一号!」
まもなく収穫を迎える大豆の畑を見つめ、
八起は腰に手を当てて満足げに頷いた。
その背中に、すかさずルナリアの鋭いツッコミが飛ぶ。
「おじさん、異世界大地の恵み第一号なら
『巨ジャガ』があるでしょう。あれを忘れたの?」
「いや、あいつは偶然の産物だからなぁ~。
ほら、自生してたやつだし」
頭を掻きながらケロリと言ってのける八起に、
ルナリアは眉をひそめてジト目を向けた。
この男は、餓死寸前だった魔王国を救った救世の作物を
「偶然」の一言で片付ける。
世界を救う可能性を秘めた神の恵みに対して、
あまりにもありがたがらないその態度には、
後ろに控えるゼフェルたちからも
無言の非難の視線が突き刺さっていた。
だが、八起はそんな周囲の非難を尻目に、畑の隅へと歩いていく。
そして、まだ完全には黄金色になっておらず、
青々とした葉を茂らせている大豆の草を数束、ためらいなく引き抜いた。
「よしよし、これだ。みんな、帰るぞー!」
獲物を掲げるように青い草を振る八起の姿を見て、
側近たちはそれぞれ異なる表情を浮かべた。
ルナリアは「また何か妙なことを企んでいる」と呆れ半分にため息をつき、
ゼフェルは「あれこそが古代の叡智、
青き大地の魔力を抽出する儀式に違いない」と
一人で深く納得して目を輝かせている。
ガウラはただ、ボスの持っている緑の膨みが美味いのかどうか、
それだけを期待して喉を鳴らしていた。
テオとリナ、そして城の孤児たちも、
「八起さん、また新しい美味しいもの?」と
目を輝かせて後ろを追いかけてくる。
魔王城の地下にある広大な調理場へと移動すると、
すでに準備は整っていた。
「八起様ぁ! ご用意出来てますぅ!」
もじもじと身をよじるアラクネのシオリが待っていた。
彼女は八起にあらかじめ頼まれていた通り、
特大の鉄鍋にたっぷりの湯をグラグラと沸かして待機していたのだ。
「おう、シオリ、でかした! よーし、みんな、まずはこのサヤをむしれー!」
八起の号令で、全員が青い茎から毛深いサヤをプチプチと引きちぎっていく。
テオやリナたち子供たちも、宝探しのように楽しそうにサヤを収穫していった。
現れたのは、粒の揃った綺麗な緑色の枝豆だ。
全員の視線が集まる中、八起はおもむろにその緑の粒を
沸騰する湯の中へと一気に放り込んだ。
「一、二、三、四……」
八起が静かにカウントを始める。
魔王城の面々は、その一秒一秒に何らかの高度な魔力調整が
行われているのではないかと、固唾をのんで見守る。
「……よし、今だ! シオリ、用意したザルに一気に上げてくれ!」
「はいぃっ!」
シオリが蜘蛛の糸で作ったネットで、
素早く湯から豆をすくい上げる。
湯気と共に現れたのは、茹で上がることでさらに鮮やかな鮮緑色へと変化した、
完璧な枝豆だった。
「熱いうちが一番美味いんだ。ほら、塩を振るぞ」
パラパラと岩塩を振りかけると、香ばしい大豆の青い香りが部屋いっぱいに広がった。
「よし、食べてみろ。皮は食べずに、指で押し出して中身だけ食うんだぞ」
ガウラが真っ先に飛びつき、殻ごと口に放り込もうとしたのを
「おあずけ!」で制し、八起が見本を見せる。
パチン、と音を立てて口の中に飛び込んだ緑の粒は、
絶妙な塩加減と、噛むほどに溢れる濃厚な豆の甘みが弾けた。
「んむっ!? ……おいしい! 味が濃い! ボス、これ手が止らないよ!」
「なっ、なんですのかこれは……!?
ただ茹でて塩を振っただけなのに、
『巨ジャガ』とはまた違う、上品で濃厚な甘みと旨味が……!」
ガウラが両手で交互に口へ放り込み、ルナリアも最初は上品に、
だが二サヤ目からは猛烈な勢いでサヤを押し出し始めた。
ゼフェルにいたっては、
「この塩気と甘みの比率、完全に計算され尽くした魔導調和です!」
と涙ぐんでいる。
「わあ、あまくておいしい!」
「これすっごく楽しいよ!」
テオやリナ、孤児たちも夢中になって豆を口に放り込み、
部屋の中は一気に賑やかな笑顔で満たされていく。
そんな賑やかな面々を見ながら、八起は自分の分の枝豆を口に放り込み、
ふう、と小さく息を吐いた。
(美味い。美味いがぁ……あぁ、これにはやっぱり、
キンキンに冷えたあれが飲みてぇなぁ……)
喉に浮かんだ黄金の液体のイメージを、八起はぐっと飲み込んだ。
本当の、大豆の本番たる収穫は、あと数日後。
おじさんの本格的な「大豆活用計画」が始まるのは、
その乾燥を待ってからのことである。
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