第二十話 ギャアァァァァァァァァァ…
「さて、さっそくですが。新商品開発と行こうか! ハッハッハッ!」
八起の不敵な笑い声が、調理場の石壁に反響した。
だが、その準備段階からして、周囲の者たちには「料理」というよりは
「禁忌の実験」か「地獄の門開け」にしか見えなかった。
八起はまず、宝物庫から発掘した、縁に分厚いカバーの付いた
奇妙な形状のメガネ――いわゆる保護ゴーグルを装着した。
「これでよし。直接目に入ることだけは防がねぇとな。
失明しちまったら現場にならねぇ」
さらに、シオリに特注で作らせていた、水すら一切通さない
特殊な素材の手袋と、隙間のない特殊な素材のつなぎ服を装備する。
全身を完全に密閉防護し、作業着の上から重装備を固めたその姿は、
どこからどう見ても危険物処理班か、
あるいは大陸を滅ぼすレベルの毒術師である。
「……おじさん。悪いことは言わないから、一度鏡を見てきなさいよ。
これ、絶対に料理する格好じゃないわよ。これから毒ガスでも精製するつもり?」
ルナリアが引きつった顔で、大きく距離を取る。
隣のゼフェルも、整った顔を青くして、
いつでも逃げ出せるように出口付近まで後退っていた。
「これね、皮膚についたり目に入ったりするとマジでヤバイのよ。
冗談抜きで、現場が丸ごと地獄絵図になるからな。ハッハッハッ!」
「八起殿……本当に、本当にそんな恐ろしいものが食材なのですか?
何かの化学兵器の類ではなく?」
「ああ。一部の人間には、それこそ魂を売るほど
たまらなくウケがいい食材さ。……よし、始めるぞ」
八起はコンロに火をかけ、ルナリアから譲り受けた
あの高級な美容オイルを小鍋に注いだ。
オイルが温まり、表面に細かな波紋が立ち始めた頃合いを見計らい――。
「……投入!!」
刻んだ『死神』を一気に油の中へ放り込んだ。
直後、ジワッという音と共に、
不可視の「暴力」が調理場の中に荒れ狂った。
「――っ!? げほっ、ごほぉぉっ!! な、何これ、喉が焼ける……!」
「目が、目がぁぁぁ! 空気が痛い、
空気が物理的に刺さってくるわよおじさん!!」
換気など一切追いつかないほどの、凄まじい刺激。
いや、もはやそれは「臭い」ではなく「熱」を帯びた「痛み」の波だった。
ルナリアは涙をボロボロと流して顔を覆い、ゼフェルは
絶世の美貌をグシャグシャに崩して激しく咽せ込みながら、
命からがら調理場から脱出していった。
そんな阿鼻叫喚の渦中。
一人だけ、地獄の真っ只中に取り残された者がいた。シオリである。
「あらぁ……。おじ様ぁ、これ、なんだか懐かしい味がしますよぉ?」
ルナリアたちが命の危機を感じて逃げ出した煙の中で、
シオリは何事もなかったかのように、まな板の上に残っていた
「生の唐辛子」の切れ端を指で摘み、ポリポリと軽快な音を立てて咀嚼していた。
「シ、シオリ……お前、それ……」
「とっても、ピリピリしてぇ……体の芯から温まる気がしますぅ……うふふぅ」
八起ですら防護服越しに恐怖を感じる「死神」を、彼女はまるで
お菓子でも食べるかのように平然と完食し、
さらにはもっとないのかと皿を覗き込んでいる。
どうやらアラクネという種族の、あるいは彼女個人の味覚神経は、
人族のそれとは根底から異なっているらしい。
「よし、いい色だ……。あとは火を止めて、
冷めたら実食といこうじゃないか。楽しみだな、ハッハッハッ!」
完全防護の八起と、隣でポリポリと「死神」をかじり続けるシオリ。
目に見えぬ殺意が荒れ狂う煙の中で、その二人だけが、
不気味なほど楽しげに笑っていた。
20話までで掲載出来たご挨拶を活動報告でさせていただきました。
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