第十九話 それは絶対食べ物じゃない
「いや〜、よく来てくれました!
こんなに早くお目にかかれるとは思いませんでしたよ。
……ほう、こいつはまた、実に見事な造形だ」
商談室に足を踏み入れた八起は、テーブルの上に並べられた
「赤い実」を見るなり、その場に跪かんばかりの勢いで身を乗り出した。
商人が、命を懸ける思いで遠方の秘境から
調達してきたというそれは、燃えるような朱色をした、
ツヤツヤと輝く唐辛子だった。
八起はその一粒を指で摘み、日の光にかざして、
その皮の厚みや色艶を専門家のように検分する。
「良い商談になりそうです。資材調達において、
スピードと質は命ですからね。あんた、いい仕事をするなぁ」
上機嫌で鼻歌まで出そうな八起だったが、
背後に控える側近二人との温度差は、零下まで冷え込んでいた。
ルナリアとゼフェルは、まるで猛毒の魔物や悪魔の呪物でも
見るかのような目で、その赤い実を凝視している。
「……八起殿。一度だけ確認しますが、正気ですか。
なんですか、その禍々しい物体は」
ゼフェルが、いつになく引きつった
イケメンスマイルで問いかけた。
「おお、可愛い見た目だろ? 先っぽが少し曲がっててさ、
なんだか子犬の尻尾が生えてるみたいじゃないか。愛嬌があるよな」
「いいえ、どこからどう見ても禍々しいと言ってるんです!
その赤さや形は異常よ、おじさん!
本能が『触るな、近づくな、死ぬぞ』って
最大級の警報を鳴らしてるわよ!」
ルナリアも一歩身を引いて、顔を青くしている。
彼らにとって、その実から漂う、鼻を刺すような刺激臭は、
強力な攻撃魔法の予兆か、
あるいは禁忌の薬草にしか感じられないらしい。
警備のガウラに至っては、鼻をヒクヒクさせた瞬間、
「これ絶対危険やつだ……」と察したのか、
無言で数歩後退して壁際に張り付き、狼の耳をぺたりと寝かせていた。
しかし、八起はそんな周囲の反応などどこ吹く風。
商人と一気に契約をまとめ上げ、想定以上の高値で
マヨネーズを卸す約束を取り付けると、
戦利品である唐辛子の入った袋を抱えてホクホク顔だ。
商談が成立し、商人が満足げに退室した後。
「ガハハ! いやぁ、いい買い物をした。
これさ、俺の居た世界にも似たようなのがあったんだけどさ。
あっちじゃ『竜の息吹』とか『死神』なんて
物々しい名前で呼ばれてたんだぞ。
こいつも、それに負けないくらい『いいツラ』してる」
「死神……。おじさん、笑いごとじゃないわよ。
そんな不吉な二つ名がついているものを、
本当にあの黄金色のソースに入れるつもり?」
ルナリアが震える声で尋ねる。
八起は最高に悪い顔で楽しそうにニヤリと笑った。
「何言ってんだ。刺激があってこその至宝の食材だ。
……よし、ゼフェルさん。これを乾燥させて粉にするための
『粉砕機』の準備だ。今はこいつをどう調理するかが先決だ。
地獄へのカウントダウン、始めるぞ!」
おじさんの食への探求心は、ついに「死神」の二つ名を持つ
劇物を手に入れた。
魔王国の食卓は、平和とは正反対の
「過激な進化」を遂げようとしていた。
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