第百五十三話 メル、社会にデビューする
翌日、俺はメルを連れて、
キャベッツァ農国の職人たちが待つ広めの作業場へと足を運んだ。
「皆さんお疲れ様です。
今日から、新型アタッチメントの実作業に入ってもらおうと思います」
挨拶を済ませると、
俺は自分の作業着の背中に隠れてもじもじしているメルの両肩を掴み、
強引に職人たちの前に出した。
「紹介します。この恥ずかしがり屋が、
魔王国の主任魔導技師のメルです。
今回は、すべてこの娘が担当します」
職人たちからの視線が一斉に集中し、
メルは顔を伏せたまま、細い肩を小刻みに震わせ始めた。
あまりの緊張ぶりに、俺はそっと耳元で声をかける。
「メル、お前なら大丈夫だ。みんなお前の技術を認めて、
力になってくれるからな」
俺の励ましに、メルは深く息を吸い込むと、
ゆっくりと顔を上げた。
そして、頭に乗せていたゴーグルを下ろすと真ん中に指を当てた。
「くっくっくっ、
我の内から湧き上がる暗黒の泉より出でし
混沌の知識に群がるしもっ……痛っ。師匠……グーは……ダメ……」
「メル、挨拶の段取りを間違えるな」
俺の拳は無意識のうちに、メルの頭へと落ちていた。
「皆さん、本当にすみません。
身内を褒めるのもなんですが、腕は確かです。
少し変わった言い方をしますが、決して悪い娘ではないんです。
現場で一緒に汗を流して、
少しずつ慣れていただけたら幸いです」
俺は額の汗を拭い、苦笑いをしながら紹介を終えた。
すると、キャベッツァの職人たちの間から、
一人の鍛冶職人が進み出てきた。
「あなたがメルさんですか!?
ビエール国の醸造機を見ましたが、
あの発想と作りに脱帽しました。
今回、直接仕事をご一緒出来ること、本当に光栄です!」
男はそう言って、メルに向かって力強く武骨な手を差し出した。
メルはまだ俯いてはいたものの、
差し出された手をしっかりと握り返した。
その口元には、職人に認められた嬉しさが、
隠しきれずに小さな笑みとなってこぼれていた。
ボックンも、隣で我がことのように誇らしげに胸を張っている。
(よし、これなら現場の人間関係の段取りも問題ねえな)
俺はメルをしっかりと職人たちの輪へと押し出すと、
これ以上の口出しは野暮だと判断し、作業場を後にした。
そのまま足早に城を出て、ガルードの商館に向かう。
商館の扉を開け、奥へと声をかけた。
「ガルードさん、いるかい?」
「おお、八起殿! お待ちしておりましたよ。
ささっ、どうぞ中にお入りください。
例の地図職人をご紹介します」
俺は紹介された地図職人に、
四カ国を繋ぐ大規模輸送幹線の計画の大筋を詳しく話して聞かせた。
「――というわけで、
真っ直ぐに溝を掘り進めるための、
最も高低差が少なくて安全なルートを割り出したいんだ。
力を貸してほしい」
「なるほど、
魔王国の周辺と西の国々を繋ぐ地形の測量ですね。
少し時間をもらえれば、正確な地図をお作りいたします」
地図職人は俺の意図を正確に汲み取り、
快く地図製作の依頼を引き受けてくれた。
これで、工事を始めるための事前の下準備はすべて綺麗に整った。
後は、シーバルト王国へ向かったコレットたちの外交報告と、
メルたちのバケットホイールの完成を待って、
着工へと踏み切るだけだ。
「しかし八起殿、
これが実現すれば本当に世界の流通がひっくり返りますな」
「ああ、俺もこの世界に来た当初は、
まさかこんな大きな工事を取組むことになるとは思ってもみなかったよ」
俺はガルードとこの先の壮大な展望を熱く語り合いながら、
ガラクタまみれだった魔王城の片付けから始まった過去の現場を、
しみじみと振り返るのだった。




