第百四十五話 多国間大量輸送機関構想
昨晩はおかしな夢も見ず、泥のように本当によく眠れた。
おかげで頭の重さもすっきりと抜け、体調は万全だ。
冷たい水で顔を洗い、
大食堂で手早く朝食を済ませると、
俺は気合いを入れ直してメルの部屋へと向かった。
コンコンコン、と軽く工房の扉を叩く。
「メル、起きてるか。入るぞ」
返事がないため静かに扉を開けると、
ツナギ姿の弟子がベッドの上で丸くなっていた。
「……すぅ、ん……すぅ……」
「……自由だな……」
俺がルナリアに首根っこを掴まれて連行された後も、
こいつは限界まで作業を続けていたのだろう。
気持ちよさそうに寝ているメルはそのままにしておき、
俺は作業台の上に残された書きかけの図面へと視線を向けた。
「……なっ!?」
図面を目にした瞬間、俺の口から驚愕の声が漏れた。
用紙に描かれた線画は隅々まで隙間なく埋め尽くされ、
なんと完全に完成している。
「おいおい、メルが昨日の続きを一人で完成させたのか!?」
俺には図面に描かれた複雑な魔法回路の良し悪しは
見て判断できない。
だが、以前作った軽トラの図面をベースにしながら、
車両の構造や連結の骨組み、
ガイドウェイの側壁を意識したであろう全体の配置といった
機械的な理屈は、俺の目から見ても完璧に辻褄が合っている。
だが、問題は先頭車両の形状だ。
(メカドラゴンの頭じゃねえぇかあぁ!?)
俺は思わず、ベッドでヨダレを垂らしながらだらしなく、
爆睡しているメルへと顔を向けた。
(こいつ、完全に自分の趣味を入れてやがるじゃねぇか……)
まぁ、外装の見た目は運行上の性能に
そこまで直結しないからいい。
それよりも驚くべきは中身だ。
こいつは本当にスゲェ。
俺が昨日残した、ほんのヒント程度の実用メモや
殴り書きの図面から、
独自にここまで高度な大量輸送機関の形を考え出すとはな。
常々天才だとは思っていたが、こうして形にされると、
もうメルが魔王でいいんじゃないかと本気で思う。
俺は寝ている弟子を起こさないよう静かに部屋を出ると、
今度はギガントの土木アタッチメントの設計を始めるため、
格納庫へと足を向けた。
「久しぶりだなぁ、ギガント」
金属の塊を見上げ、俺はそっとその外装に触れる。
テオが毎日欠かさず手入れをしているようで、
駆動部分の関節や回転部分には
新しい潤滑油が綺麗に挿してあった。
管理が行き届いている現場は実に気持ちがいい。
「これからまた、思いっきり仕事してもらうからな。
頼むぞ、ギガント」
「ギギッ……」
駆動骨格が共鳴するように低い音を立てる。
俺は手持ちの巻き尺を伸ばし、
さっそくギガント各部の寸法を測って
メモ帳に数値を書き留めていく。
(ブレードの構造はそのままでいいな。
前面には土砂を押し出すための大きな排土板を増設して、
右腕の先端には強固な爪付きバケットにして、左腕にはハサミだな)
一通りの寸法を測り終えると、
俺は自室に戻り、設計台に向かって鉛筆と定規を走らせ、
アタッチメントの図面を起こし始めた。
シュッシュッと小気味よい摩擦音が部屋に響く。
「CADだぁ?
そんなもん無くたってなぁ、
鉛筆と定規さえあれば図面はいくらでも引けるんだ。
CADでしか図面を引けないような頭でっかちな奴は、
この世界に連れてこられたら一体どうするってんだ」
俺は無意識のうちに、地球の現場にいた頃、
若い連中に『手書きなんて時代遅れですよ』と言われたことに対する
反論を口にしていた。
道具が変わろうが、
職人の頭の中にある完成形を紙に落とし込むという
基本の手順は何も変わらねえんだ。
「八起殿!
またもやその深遠なる叡智から、
底知れぬ深謀遠慮が紡ぎ出されたのですか!」
「うおっ!?」
突然、ドアの外にいたゼフェルが、
俺の独り言を聞きつけて勢いよく部屋に飛び込んできた。
「いや、ゼフェル、そこまでの大層な事じゃない。
新しい輸送方法を思いついてな、
それに必要な土木用の道具を考えていただけなんだよ」
「何を言われますか!
八起殿のその深謀遠慮こそが、
今の魔王国を正しき発展へと導いてくださったのです!」
またしても、冷徹なはずのイケメン軍師が顔を大きく歪め、
上を向き涙ぐんでいる。
精神魔法の解除以来、
こいつの俺に対するリスペクトのブレーキが
今まで以上に壊れちまってる気がする。
「ゼフェル、大げさだ。
それより、そっちの準備はどんな感じだ?」
俺は苦笑いしながら話題を切り替えた。
「はい。
いつでもお客様をお迎えできるよう、
客室の清掃から料理の仕込みの手配まで、
万全の準備が整っています」
ゼフェルは涙を拭うと、
一瞬で有能な軍師の顔に戻って胸を張った。
コレットたちの襲来まであとわずか。
四カ国を繋ぐ巨大な輸送計画の図面を片手に、
俺は来たるべき大宴会の段取りを静かに見据えるのだった。




