第百四十話 時には反省も必要だ
レオンハルト辺境伯が治めるこの街は、
長い海岸線に沿ったシーバルト王国の領土の中で、
やや内陸部に位置している。
今でこそ魔王国が物流の中心となりつつあるが、
かつては違っていた。
以前は不気味な魔王国の領域を、
商人たちが大きく迂回せざるを得なかったため、
この内陸の街が他国との重要な流通経路として、
機能していたらしい。
歴史的な背景と、街を行き交う商人たちの活気を眺めていると、
今にして思えば、初めて会った時のレオンハルト辺境伯が、
あれほどの強い警戒感をもって魔王城での商談に臨んできた理由が、
今になってよく分かる。
自領の民と利権を守る領主であれば、当然の判断だ。
他国から見れば、魔王の率いる魔王国の動向が死活問題に直結する。
「神妙な面持ちで、どうされたのですか。
何か気になられた事でもありましたか?」
隣を歩くゼフェルが、こちらに視線を向けて静かに問いかけてくる。
「ああ、初めてレオンハルトさんと商談した時に、
警戒されていた理由がわかった気がしてな」
俺が空を見上げながら答えると、
ゼフェルは俺が言いたい事を先回りするように、
いつもの頭脳で言葉を繋いだ。
「そうですね。八起殿が来られる前は他国との交流は皆無でした。
魔王国が突然門を開き外側に影響力を発揮し始めたら、
どこの国でも警戒するのは当然です。
自らの領の利益を損なう相手とあえて会談の席につき、
そこから別の利益を見出してみせたレオンハルト殿の、
並々ならぬ勇気には感服いたしました」
「あの時の俺は魔王国内の立て直しだけ考えて動いていたからな。
他国に迷惑をかけてしまった事は、今後の為にも反省しないとな」
周辺諸国の流通バランスや心理的な圧迫を考慮できていなかった点について、
ただのおっさんだった俺の視野の狭さを顧みるように真面目に告げると、
即座にゼフェルはそれを遮るように、熱い眼差しをこちらに向けた。
「ですが、今後の四カ国貿易の礎を築いた功績は計り知れません。
この偉業を私は誇らしく思います」
「天才軍師にそんな大げさに言われると、かなり恥ずかしいぞ」
「いいえ!決してそのようなことはございません!
八起殿の深謀遠慮、私など足元にも及びません!
世界が八起殿を中心に回るその覇業に、微力を尽くせますこと、
家臣として光栄の至りにございます」
感情が昂り、大粒の涙をボロリと流して涙ぐむゼフェル。
俺より長い人生経験の有能な軍師が、
またいつもの突拍子もない悪い癖で超解釈を爆発させている。
そんな彼の並々ならぬ熱量に、俺はただ苦笑いで返すしかない。
まさにその時だった。
上着のポケットに突っ込んであった無線機から、
突如として激しいノイズ混じりの緊急通信が割り込んできた。
「ザガッ……師匠……大変……すぐ戻る……ブツッ……」
聞き間違えようもない、メルのフラットな声だ。
「おい!?どうした、何かあったのか!」
俺は慌てて無線機を取り出し、呼びかける。
しかし、返ってくるのは、
ザザッという砂嵐のような雑音と不気味な静寂だけだった。
完全に通信が遮断されている。
「……」
何が起きたのかは分からないが、
少なくとも現地でゆっくりと視察を続けているような状況ではないらしい。
俺とゼフェルは表情を引き締め、
急ぎでレオンハルト辺境伯の元へと駆け戻り、
事情を説明して別れを告げた。
そのまま軽トラの魔核に魔力を叩き込み、
弾丸のような勢いで夕暮れに染まる街道を駆け抜け、
魔王国へと帰路につくのだった。




