第十四話 大試食会 いえ違います 試大食会です
「よし。いよいよだな。ここから魔王国の世界征服が始まるぞ」
調理場の隅で、八起は使い古した鉛筆を耳に挟んでいた。
芝居がかった「悪い顔」でニヤリと笑う。
城の大広間には、ゼフェルとルナリアの尽力によって
招集された城下町の有力商人たちが顔を揃えている。
皆、「魔王が毒を振る舞うのでは」「無理難題を押し付けられるのでは」と、
顔を引きつらせて震えていた。
「今日の段取りを叩き込むぞ。まずは『塩のみ』で
蒸したての巨ジャガを食べてもらう。
自生していた物とはいえ、これだけの質だ。
まずは素材そのもののポテンシャルを骨身に染み込ませるんだ。
客の驚きが頂点に達したタイミングを見計らって、
俺が真打ちのマヨネーズを投入する。その後の商談が本番だ」
八起はエプロン代わりの布を腰に巻き、側近二人に向き直った。
「ゼフェルさん、ルナリアさん。商談の席まではあんたらが客の対応を頼む。
俺はギリギリまでここで準備をして、頃合いを見て乗り込む。いいな?」
「承知いたしました。八起殿の『美食による無血開城』、
このゼフェルが完璧にエスコートしてみせましょう」
「おじさん、あんまり悪い顔しないの。……商人たちが
逃げ出さないように、しっかりもてなしてくるわ」
二人が大広間へ向かうのを見送り、八起は背後に控える面々を振り返った。
そこには、シオリが徹夜で縫い上げた
「清潔で立派な給仕服」に身を包んだテオとリナ、そして子供たちがいた。
昨日まで路地裏で泥を啜っていた少年少女たちが、
見違えるような姿で胸を張っている。
「テオ、リナ。お前ら、最高の格好だぞ。
いいか、お前らはこの現場の『顔』だ。
今はまだ自生している物をかき集めてる段階だが、これから
自分たちの手でこれ以上の物を作るんだ。その誇りを持って、
堂々と運んでやってくれ」
「任せて、おじさん! おじさんの料理なら、絶対みんな腰抜かすよ!」
「リナ、お皿落とさないように頑張るね!」
そして、最後の一人。
落ち着きなく尻尾を振り、扉の隙間から広間を覗き見ている狼娘に視線を向ける。
「ガウラ、お前は念のため広間の入り口で警備だ。
変な真似をする奴がいたら威嚇していい。
ただし、勝手につまみ食いするなよ? 『おあずけ』だぞ」
「わふっ! 任せとけボス! 警備の合間に、
商人のケツを眺めてヨダレを引っ込めておく!」
八起は満足げに頷くと、巨大な蒸し器の蓋をガバッと開けた。
真っ白な湯気と共に、芳醇な大地の香りが調理場に溢れ出す。
「よし、野郎ども……行くぞ!
腹ペコの狸どもを、マヨネーズの海に沈めてやるぜ!」
大広間に、重厚な扉が開く音が響いた。
待ち構えていた商人たちの視線が、一斉に入り口へと注がれる。
そこに現れたのは、シオリが仕立てた真新しい給仕服に身を包み、
緊張で顔を強張らせながらも、銀のトレイを掲げた子供たちだった。
「……な、なんだ、あの子たちは?」
「魔王軍の新しい隠密か? それとも……」
ざわつく商人たちの前に、テオとリナを先頭にした子供たちが
整然と並び、一人一人の前に皿を置いていく。
皿の上に乗っているのは、ただ一つ。
皮が弾け、中から真っ白な湯気を立ち昇らせている、
蒸したての巨大な『《キョ》巨ジャガ』だ。
添えられているのは、ギガントが砕いたピンク岩塩の粒のみ。
ルナリアが凛とした声で広間に告げる。
「皆様、本日はようこそ。まずは我が国の新たな恵み……
『巨ジャガ』の素の味をご堪能ください」
商人たちは顔を見合わせた。
「これが、あの毒芋だと……?」
「馬鹿な。これを食えば数日は寝込むか、最悪死ぬはずだ。
魔王は我らを毒殺する気か!」
恐怖で誰も手を付けようとしない。
その時、広間の隅で警備についていたガウラが、
我慢の限界といった様子で鼻を鳴らした。
「……ケッ、臆病なタヌキどもめ。毒なんてあるかよ。ほら、見てろ!」
ガウラは子供の一人から芋を奪い取ると、
そのまま豪快にガブリと齧り付いた。
「……はふっ、はふっ! あー、うめぇ! 塩味が最高だぁ!」
その美味そうな食べっぷりと、ガウラがピンピンしているのを見て、
一人の老商人が意を決した。
「……ええい、ままよ! 死ぬなら、この空腹のままよりはマシだ!」
老商人はナイフを入れ、黄金色に輝く芋の身を一切れ切り出した。
表面には岩塩がキラキラと光っている。
彼はそれを、震える手で口へと運んだ。
パクり。
広間から音が消えた。
咀嚼する音さえも惜しむように、老商人は目を閉じ、
口の中に広がる世界に没頭した。
「……なん、だ……これは……」
老商人の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「ほくほくとしていて、栗のように甘い。
そこに塩が加わることで、大地の旨味が爆ぜておる……。
毒などどこにある! これは……これは奇跡の果実ではないか!」
一人が食べ始めると、堰を切ったように他の商人たちも芋に食らいついた。
「旨い!」
「なんだこの食感は!」
「おい、お代わりだ! お代わりをよこせ!」
絶叫に近い歓声が広間を揺らす。
彼らはまだ知らない。これがまだ「前菜」に過ぎないということを。
調理場の扉の向こうで、八起はマヨネーズの詰まったカメを抱え、
不敵に笑みを浮かべた。
「……よし。胃袋のガードが下がったな。真打ちの登場だ」
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