第百三十六話 こんな時だが魚卵の親ってあれだよな
今日の昼食はルナリアとシオリの二人で
作ると言い出した。
どうやら、それぞれの記憶を突き合わせた結果、
一つの料理を思いついたらしい。
調理場からは何やら楽しげな声が聞こえてくる。
(ふぅ……。わだかまりは無さそうで良かったな。
一体どんな料理が出来てくるやら)
俺がそんなことを考えながら食堂で待っていると、
タイミングよくガルードが現れた。
「いやぁ、八起殿、昨夜は申し訳ございませんでした。
お詫びにエールに合う漬物をお持ちいたしました」
ガルードはしっかりと密封された壺を差し出してきた。
そこから微かに香るのは酢の匂い。
漬物? 酢? まさか……。
「ガルードさん、これって『ピクルス』だよな!」
「ぴくるす? なんですかなそれは?
これはキュールの酢漬けですよ。
保存用として各農村で作られているものですが、
これはその中でも絶品ですぞ!」
そう言うと、ガルードは串で刺して一本取り出し、
俺に手渡してくれた。
俺はそれを口へと運び、一口かじる。
ポリッという小気味良い音と共に、
絶妙な酸味と香りが広がった。
「おお! たしかにこれはビールに合うな」
俺が酢漬けをかじっていると、
調理場の扉が開き、ルナリアが顔を出した。
「賑やかだと思ったらガルードさん来てたんだ。
って、これピクルスじゃない! シオリー!
いいものあったわよ!」
ルナリアは、ガルードの手から壺を引ったくるようにして、
そのまま調理場へと持ち去っていった。
「……八起殿ぉ、何かありましたかなぁ?
昨日とは変わって随分雰囲気が違うようですなぁ」
残されたガルードが、ニヤニヤとやらしい笑みを
浮かべてこちらを見てくる。
「おい、何もないぞ。変な想像をするな。
あれは色々と事情があって吹っ切れただけだ」
俺はニヤケ顔の止まらないガルードに対し、
必死になって言い訳をしていた。
「というか、ガルードさん。
あんた本当にいつも絶妙なタイミングの食事時に来るよな」
「はっはっはっ、こちらの食事はとにかく旨いですからなぁ」
そんな軽口を叩き合っていると、
調理場から香ばしい揚げ物の香りが漂ってきた。
その懐かしい匂いに、俺の期待は一気に膨らんでいく。
やがて調理場から出てきた二人が運んできた皿の上には、
山盛りの千切りキャベッツァ。
さらに、きつね色に揚がった何かのフライに、
たっぷりと白いソースがかかっていた。
「これはまた、食欲を誘う素晴らしい香りですなぁ」
ガルードは待ちきれない様子で皿を眺めている。
「ああ、これは間違いなく食欲がそそられる」
これは揚げたてのうちに頂かないと失礼だ。
俺とガルードは、席に着くや否や一足先に手を付ける。
サクッという最高の食感の後に、
ふわふわとした淡白な旨味が口いっぱいに広がった。
「こ、これは魚じゃないか! それに、タルタルソース!」
「このソース、先ほどの酢漬けが刻んで使ってあるのですか!
なんとも、このような使い方があるとは。
これのお代わりをいただいてもよろしいですかな?」
ガルードはキュールの酢漬けを活かした
タルタルソースの美味さに、大いに感動したようだった。
ものすごい勢いでフライを口に運んでいる。
「ルナリア、これって白身魚のフライだよな?
一体どこで手に入れたんだ、この魚」
俺の問いかけに、ルナリアはメガネの奥の目を細め、
ちょっと得意気に答えた。
「『たらこ』があったでしょ? 卵があるなら、
その魚の身だって市場にあるんじゃないかと思って、
辺境伯領の市場で探してみたの。
おじさん、魚を食べたかったでしょ?」
そう言って、悪戯っぽく軽やかに笑う美人の姿は流石に反則だ。
前世の記憶を巡る重い話を乗り越えて、
俺のために魚を探してくれたその気遣いに、
年甲斐もなく心臓がドキドキと跳ね上がってしまうのだった。




