第百三十四話 ゼフェル・ヴァン・ド・ラング
「顔を上げてくれ、ゼフェル。君と前魔王は別人だ。
前魔王はこの国を衰退させたが、
君は心を痛めながら必死にこの国の財政をもたせてきたんだろ」
床に額を擦りつけて泣き続けるゼフェルに、
俺は静かに、しかし断固とした口調で語りかける。
「そうよ、あんたがいなかったら、今頃この国はなくなってるわよ」
ルナリアも椅子から身を乗り出し、
ゼフェルのこれまでの功績を庇うように声を重ねる。
「それに、俺が召喚されてからも裏方で懸命に支えてきてくれただろ。
レオンハルト辺境伯の時だって、ゼフェルの論理的な交渉が無ければ
納得させられなかったはずだ」
俺は平伏するゼフェルの両肩を掴み、強引に立ち上がらせる。
「周りを見てみろ。誰もゼフェルを責めてる奴はいないだろ?」
普段は美形で凛々しいゼフェルだが、
今は涙と鼻水で無残な顔に成り果てている。
その顔で恐る恐る周りを見渡す彼に向け、
ガルム将軍もセシリアも、食堂の全員が優しい表情で無言のまま頷いていた。
「この国はまだまだ発展する。聖法国の傍若無人な振る舞いも、
これで終わるわけがない。
そんな時、ゼフェルの智謀や先見の明がかならず必要になってくる。
この先も仲間として手を貸して欲しい」
「ズズッ……は、はい……! 我、ゼフェル・ヴァン・ド・ラングは
八起殿を聡明な魔王と称え……ズビッ、
必ずや、我が国を発展させる力となることをお誓いいたします!」
ゼフェルは涙と鼻水を拭い、
軍師としての鋭い目力を取り戻して力強く宣言した。
「よし。この国が立ち直ったのもみんなの協力があったからだ。
これからもよろしく頼むな。
それで、今後の事だが、俺はここに残って
聖法国への対策を考えたいと思う。
コウタロウ、キャベッツァの方はノエルと二人に
任せようかと思うんだができるか?」
「はい、師匠! かならず、成功させます!」
コウタロウが拳を握り、ハキハキとした返事を返す。
「これで解散だ。いい仕事が出来るように
今日は休日にして、明日からまた頑張ろう」
俺が解散を告げると、
それぞれが満足げな表情で食堂を後にしていった。
だが、ゼフェル、ルナリア、シオリ、
それと俺の四人だけはそのまま居残る。
前魔王の個人的な実験に関わっていた、いわば当事者たちだ。
「私ぃ、言ってない事がぁ、ありましたぁ。
前魔王様がぁ、最後にぃ『準備は出来た』とぉ
言ってましたぁ」
シオリがおっとりとした口調のまま、
重大な一言を思い出したように切り出す。
「準備が出来た? 俺を召喚する準備か?」
「いいえ。それもあるかもしれませんが、違うと思われます。
父……あの男は、自身に窮地が迫った時に
どうするかを常に考えていました」
ゼフェルの言葉に、俺はハッとしてシオリを見つめる。
「そういえばシオリ、前魔王は君のその体を、
自分の転生先として作ったと言ってたな」
「え、魔王ってアラクネ美少女になりたかったって事!?」
ルナリアが素っ頓狂な声を上げた。
「いや、違うぞルナリア。
シオリは『造形を間違えた』とも言ってたな」
「はぁい、そうですぅ」
「多分ですが……私に心当たりがあります。
あの男はかつて、エルフをメイドとして召し抱えたことが
ありましたが、その日のうちに逃げられてしまい、
激怒していた事を覚えています」
「てぇことは、前魔王は美少女メイドが好きだったということか?」
「そうだと思います……」
ゼフェルが非常に気まずそうに視線を泳がせた。
「ルナリアはその代わりに召喚されたって事か!?」
「え、やだ、キモいんですけど!
この世界のおっさんは美少女が好きな奴ばかりなの!?
キモいんですけどっ!!」
ルナリアが本気で嫌そうな顔をして身震いする。
「ああぁ……俺も『おっさん』なんだけどな……」
「あ……ゴメン……」
「ゼフェル様もぉ、139歳ですぅ」
シオリがさらりと、食堂会議最大の爆弾を笑顔で投下した。
「「ええぇっ!!」」
俺とルナリアの声が見事にハモり、食堂に響き渡る。
見た目は完全に二十代の冷徹エリートなゼフェルが、
まさかの大ベテランの年齢だった事実に、
俺たちの思考は完全にフリーズしてしまうのだった。




