第百三十三話 戦慄の食堂会議
翌朝、食堂には朝食を摂るためにいつもの面々が集まってくる。
昨晩、あれだけ派手に飲んで潰れたルナリアは、
少しバツが悪そうに肩をすぼめて入ってきた。
全員が席に着いたところで、俺は一同を見渡して声をかける。
「みんな、おはよう。
今日は久々に全員が集まっているから、
朝食の後、これまでの事を少し話したいと思う」
全員が頷き、手早く朝食を終えると、
そのままいつもの食堂会議が始まる。
皆の表情には、一国を背負う者としての
真剣な光が宿っている。
「まずはセシリア。辺境伯領へ移動中にあった事を話してくれ」
「はい」
俺の促しに、セシリアが背筋を正して口を開く。
「行きにあった事なのですが、聖法国の信者と
司祭から妨害がありました。
司祭は魔道具を用いて私たち一行と信者に向けて
精神魔法を放ちましたが、
幸いにもメルの作ってくれた『柄』の効果で
事なきを得ております。
さらに、術者である司祭自身も精神魔法を
強制解除されて卒倒したため、
身柄を拘束してレオンハルト辺境伯に引き渡しました」
「セシリア、商隊を守ってくれてありがとう。よくやったな」
俺はセシリアの確かな現場対応力に感謝を告げた。
彼女がいてくれて本当に助かった。
そして、俺は一同を見渡し、
キャベッツァ農国とビエール国で起きている
重要な情報を伝える。
「今、キャベッツァとビエールには、
聖法国から高額な寄付が要求されている。
民の生活を圧迫するほどの、かなり理不尽な内容だ」
俺の言葉を引き継ぐように、軍師のゼフェルが目を鋭く光らせた。
「聖法国からの要求は、おそらくその他国にも
同様になされているのではないかと考えられます。
我が魔王国は敵対国家として明確に認定されているため、
『勇者』の派遣はありましたが、
金銭的な要求自体は来ておりません」
「ああ、そこなんだがな……」
俺は腕を組み、以前から抱いていた疑問を漏らした。
「……聖法国はどうして魔王国に魔王討伐として
勇者を召喚してまで送り出したり、
わざわざ外交の妨害行為を行うんだろうな。
他の国と同じように、普通に寄付を求めてこないのは何故だ?
『魔王が悪だから』
という理由だけでは、曖昧すぎると思うんだがな…。
それに、勇者の追放だろ……」
俺の投げかけた現実的な疑問に、軍師であるゼフェルまでが、
明確な答えを出せずに言葉をなくしてしまう。
沈黙が流れる食堂で、今度はルナリアが静かに口を開いた。
「ゼフェル、あんたも精神魔法を
受けてるんじゃない? 私は受けていたわ」
その静かな、しかし確信に満ちた言葉に、
食堂にいた全員の間に一瞬で動揺が走る。
「おじさんが来る前は、ほとんど城に来なかった
将軍とガウラにも疑いはあるわよ。
ここで一度、全員に『柄』で状態異常解除してみない?」
もっともな提案だ。
ルナリアの過去や洗脳の件を考えれば、
彼女一人だけが前魔王の精神魔法を受けていたとは
到底考え難い。
それに、全員がこの城に揃っている今のタイミングこそが、
何か問題があった時に対処しやすい絶好の機会だ。
「そうだな。俺もその提案には賛成だ。
実際、俺の違和感も『柄』の効果から始まってるしな」
俺の賛同の言葉に、食堂内で反対意見を出す者は
誰一人としていなかった。
全員が覚悟を決めた目で互いを見つめ合っている。
「セシリア頼む、『柄』を発動させてくれないか」
「はい。……お任せください」
セシリアが真剣な表情で頷き、
全員が彼女の周囲「五歩」の範囲内へと自然に集まる。
呼吸を整えたセシリアは、腰の剣を頭上へと高く掲げ、
その清廉な声を響かせた。
「シャット!」
確かな発動の波動を感じる。
目に見えない清浄な魔力の波が、
俺たちの体を静かに通り抜けていく独特の感覚だ。
効果時間の十秒が経過しようとした、まさにその時。
突然、それまで冷静だったゼフェルが、
糸の切れた人形のように激しく床へと伏した。
あまりの勢いに額が床に叩きつけられ、鈍い音が響く。
「八起殿! そしてルナリア!
父が大変申し訳ございませんでしたっ!」
「「「「「「「……はあ!?」」」」」」」
あまりに突拍子もないゼフェルの行動と叫び声に、
食堂内には一瞬の凍りついたような沈黙が走り、
次の瞬間には全員の驚愕の声へと変わった。
あの冷静沈着な軍師が、見たこともないほど
乱れた姿で平伏しているのだ。
ゼフェルは床に伏せた姿勢のまま、激しく肩を震わせ、
自身の秘められた過去を吐き出すように話しだした。
「前魔王は私の父親です。
父の実験に気付いた時に精神魔法を受けたようです。
不甲斐ない……本当に申し訳ございません」
額を冷たい床に強く押し付けながら、
ゼフェルは大粒の涙を流して激しく号泣していた。
前魔王がこの魔王城、そしてこの世界に残していった、
あまりにも理不尽で深すぎる闇の連鎖。
その全貌が、かつてない戦慄と共に、
今度こそ俺たちの目の前に完全に引きずり出されようとしていた。




