第百三十二話 うちの女子は強い!
話を聞いていたのか、シオリが調理場から
申し訳なさそうに姿を現す。
「ルナリア様、お話聞いてしまい申し訳ございませんでした」
「ちょうど良かった、シオリを呼ぼうと思っていたの。
こっちに来て」
ルナリアが手招きして椅子を勧める。
俺はこれから始まる二人だけの繊細な対話に、
男である自分が居合わせてはいけないような気がして、
そっと退室しようと席を立ちかける。
「おじさんも聞いて」
「えっ、俺がいてもいいのか?」
「逆よ逆。いてくれないと困るんだから。
私はもう、整理がついたの。
話がしたかったのは、これからもこのままでいいってことよ」
引き止められた俺は再び腰を下ろす。
ルナリアの表情からは先ほどまでの真剣みが薄れ、
どこか少し困ったような、それでも吹っ切れたような
表情をしていた。
彼女の芯の強さには、色々な経験をしてきた俺からしても
尊敬に値する。
「本音で話すわね。たしかに、洗脳が解けた時は
何がどうなってるのか分からずに困惑したけど、
おじさんからの話を聞いて割り切ることができたの。
日本でどんな生活をしてたとか家族の事とかは気にはなる。
だけど、最初から無かったかのように思い出せないし、
多分何十年もこの世界で生活してきてるから、
今のこの自分が本当の自分だと思ってる」
「128年ですぅ」
シオリがニコニコと横から正確な数字をつぶやいた。
「「……」」
俺とルナリアの動きがピタリと止まる。
思いがけない大台の数字に、俺は思わず
握ったジョッキを落としそうになった。
「……切りのいいところで、28歳ね」
「いや、日本での歳もあるから流石にそれは……」
「28歳っ!!」
ルナリアが有無を言わせぬ強烈な視線で睨みつけてくる。
「お、おう……」
おっさんの直感が、これ以上の反論はこの場の破滅を招くと
告げていた。
異世界の年齢事情はどうあれ、今は彼女の言葉が絶対のルールだ。
俺は大人しく頷くしかない。
「それにね、おじさんがこの世界に来てから、
私、すごく充実して楽しかったの。
それまでは魔王に言われるがままで、
何をしてたかもぼんやりとしていて思い出せないしね。
シオリはどう?」
「はい、おじ様がぁ、来てからはぁ、お城もぉ、
賑やかになってぇ、楽しいですぅ」
「うん。だからこのまま、このままがいいかな」
照れ隠しか、ルナリアはジョッキに残っていたエールを飲み干した。
それからは、召喚されてから今までの出来事を
思い出にするかのように、三人で賑やかに談笑した。
「でね、おじさん、大臣もぉ、
なんとかって司祭もぉ、じぶんのものになれってぇ
いうのぉ、じょうだんじゃないでしょぉ、
かがみをぉみてからぁいえっていうのよぉ……」
ルナリアの呂律が完全に怪しくなっている。
かなりの出来上がり具合だ。
綺麗な顔を真っ赤にしてくだを巻く姿は、
普段の有能な秘書官からは想像もつかない。
対するシオリは、果汁を飲むかのように表情も変えずに
エールを飲み、隣でニコニコとしている。
「おじさんきいてるぅ?」
「おう、聞いてるぞ。大変だったな」
「そうよ、たいへんだったのよぉ。でぇ、おじさんはぁ、
わたしのこと、どうおもってるのぉ」
トロンとした目で、ルナリアが至近距離から
こちらを覗き込んできた。
たおやかな香りと酒の匂いがふわりと鼻をかすめる。
「どおって……そりゃ優秀な秘書官だと思ってるぞ。
今回もしっかり仕事してきてくれたしな」
「ちがうぅっ、そうじゃにゃくてぇ……」
ルナリアの声が急に小さくなる。
そのまま、こてんとテーブルの上に頭を預けた。
気持ちよさそうに小さな寝息が聞こえ始める。
「……潰れたな」
「寝てしまわれましたねぇ」と、
外見は少女だがまるで姉のように、
シオリが穏やかにクスクスと笑う。
「部屋に連れて行こう。シオリ、手伝ってくれるか?」
「はい、お手伝いしますぅ」
俺はルナリアを背中におぶうと、
夜の静まり返った大食堂を後にするのだった。
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