第百二十八話 これがホントのドラゴン戦
「おじさまぁ、おかえりなさいませぇ」
魔王城の重厚なエントランスをくぐると、
シオリがいつものようにおっとりとした笑顔で出迎えてくれた。
その穏やかな佇まいに、
大城壁の外での慌ただしさが少しだけ和らぐのを感じる。
「ただいま、シオリ」
「おかえりなさいませ、八起殿。
キャベッツァ農国はいかがでしたか」
奥から姿を現したゼフェルが、
いつものように涼しげな眼差しを向けながら問いかけてきた。
俺は上着のポケットに手を突っ込んだまま、
歩みを止めて短く息を吐いた。
「ゼフェル、留守番ばかりですまない。
おかげで今のところは順調だ。
ルナリアたちのセレモニーも滞りなく終わって、
今はこっちに向かって帰って来る途中だ」
「はい、こちらにもルナリアから定期連絡がございました。
これもすべて八起殿の深謀遠慮の成せる技。
実に見事な手際、深く感服いたします」
「いや、それがな……。
今までで一番の大仕事が、急に一つ増えちまってね」
俺が眉間を指先で揉みながら告げると、
ゼフェルの瞳が怪しくギラリと輝いた。
「おお! 再び、古代の叡智が周辺諸国を導く、
新たなる大事業が始まりますか!」
「……ドラゴン狩りだ」
「……!?」
流石のゼフェルも、
その単語には一瞬だけ言葉を失って目を丸くした。
「ラーメンの材料が残り少なくなってきたってのもあるんだが、
コウタロウがドラゴンと戦ってみたいと言い出してな……」
「なるほど! ああ、いよいよ世界に向けて、
魔王国に本物の勇者アリと大々的に喧伝するのですね!
人族の希望たる勇者を魔王国が擁し、
最強の魔獣を屠る……その威光、世界を震撼させるに違いありません!」
ゼフェルは完璧に軍師としての超解釈を爆発させ、
恍惚とした表情で天を仰いだ。
「あ、うん。ゼフェル、ドラゴンの生息地へ行こうと思うんだが、
場所がよくわからなくてな」
「魔王国の威信を懸けた国家事業ですね!
即座に準備、および案内を手配いたします!」
「いや、そこまで大袈裟にしなくていい。急ぎじゃないんだ」
「何を仰いますか!
コウタロウ殿はすでに弾んだ足取りで、
装備の点検と準備に向かわれましたぞ!」
「……」
翌日。
俺は出張中のセシリアの代わりに、
前衛の防衛要員として勇者チームのドラゴン狩りに加わることになった。
もちろん作業着の下には、強化スーツをしっかりと着込んでいる。
ゼフェルの手配の元、俺たちは軽トラとワゴン・キャリアを走らせ、
ドラゴンの生息地である険しい山岳地帯へと向かった。
だが、生息地とは言え、
広大な山々の中でそう簡単に出会えるほど数が多くはないようだ。
岩肌が剥き出しになった荒れ地で周囲を警戒していると、
背後から凄まじい地響きが迫ってきた。
「ボスゥー! おいて行くなんてひどいよ!」
ガウラが、巨大なもふもふ、ワンの背に乗り、
砂煙を上げて駆けつけてきた。
「ガウラか。起こしに行こうと思ったんだが、
どこにいるか分からなくてな」
ウゥゥゥ……。
突如として、
ワンが低く地鳴りのような声で唸りだした。
その視線の先、山陰から一匹の巨大なドラゴンが、
大気を震わせる咆哮をあげながら飛来した。
大きな翼を羽ばたきながら、俺たちの頭上をゆっくりと旋回し始める。
(……これでドラゴンも3度目だな。
不思議と、あの頃のような恐怖はもう感じねえな)
現場の場数と同じ肝が据わったのか、
俺は冷静に上空の脅威を見つめ、声を張り上げた。
「コウタロウ!
あいつはそんなにデカくない!落ち着いていこう!」
コウタロウたちを振り返ると、
彼らはすでに一寸の乱れもない戦闘態勢に入っていた。
「師匠、任せてください! もう、本当にわくわくが止まりません!
メル、まずはあのデカイのをお願い! 地面に落として!」
「ん。……天なる神の裁き、雲を切り裂き、大気を震わせよ。
轟鳴と共に穿て! ライトニングボルト!」
メルのフラットな詠唱と共に、呪文が炸裂する。
天から降り注いだ巨大な雷撃がドラゴンの翼を直撃した。
「ノエル、属性結界! 師匠、ノエルの守りをお願いします!
ガウラさん、僕と一緒に落ちたところに追撃を!」
コウタロウが的確に戦闘の指示を飛ばす。
(おおっ! 実に勇者らしいぞ、コウタロウ!
……エプロンさえ除けばな……)
メルの強力な魔法の衝撃により、
ドラゴンはドスンと鈍い音を立てて地面へと墜落した。
そこへすかさずワンが突っ込み、その太い首筋に深く噛み付く。
同時にガウラが跳躍し、持ち前の怪力で頭部を殴りつけた。
凄まじい攻撃の幕開けだ。だが、ドラゴンも最高位の魔獣だ。
ワンを力任せに振り解くと、
猛然と突撃してくるコウタロウに向けて巨大な尾を激しく振り下ろした。
風を切り裂く一撃がコウタロウの身体を掠める。
だが、寸前でそれを完全に躱した瞬間、コウタロウの目つきが変わった。
「あはははは!この感じ! 楽しすぎるぅ!!」
乾いた笑い声を上げながら、
コウタロウはドラゴンの猛攻を紙一重で捌き始めた。
ブレスを吐き出そうと向けたドラゴンの頭部を、
鋭い一撃で切り上げて不発に終わらせ、
激しく振り回される尾を軽やかなステップで空を切らせる。
ワンとガウラが一旦距離を取る中、再びメルの雷撃魔法が放たれた。
ドラゴンの意識が完全にメルへと向いた、まさにその刹那――。
コウタロウが構えた剣に、
肉眼でもはっきりと見えるほどの濃密な魔力が一気に集まりだした。
激しい光の粒子が、勇者の刃へと収束していく。
ドラゴンがその圧倒的な脅威に気づいた時には、すでに全てが遅かった。
「はぁぁぁぁぁっ!」
閃光一閃、
振り下ろされた剣は、集約された魔力が巨大な光の刃となり、
ドラゴンの強固な鱗ごと、その太い首をいとも簡単に切断するのだった。




