第百二十七話 慌しい日常
俺は、試食会の後、今後の段取りを全員に話した。
「以上が今後の流れです。
俺たちは一旦魔王国に帰りますが、
準備が出来次第、この国に戻ってきます」
コウタロウたちやザワール、
さらにはコレットたちまで、
全員が真剣な表情でメモを取っていた。
(これだ、これが現場ってもんだ)
この一体感と段取りの共有こそが、
新しい現場を動かす最大の原動力になる。
俺は満足げに頷き、それぞれの役割を割り振った。
「ザワールさんは先程説明した店舗と、
アルフレッド一家の餃子作りに協力をお願いします。
最初に持ち込んだトランスポーターとワゴンは置いていきますので、
物資の運搬や何かに活用してください。
あと、この無線機をそれぞれの方にお渡しします。
何かあれば、即座に連絡を取り合うのが一番ですからね」
ザワールやコレットに無線機を手渡す。
これで離れた国同士でも、
現場のトラブルに即座に対応できる体制が整った。
打ち合わせが終わると全員解散となった。
俺たちはそれぞれ帰国の準備をして、慌ただしく一日が終わり、
翌朝にキャベッツァ農国を出発した。
メルはコウタロウに、「私が……教える……」と
ドヤ顔で運転の指導をしたがっていた。
だが、ノエルの物言わぬ黒いオーラを察知したメルは、
渋々と諦めた。
結局、俺が助手席から教えながら、
魔王城を目指して帰国することになった。
コウタロウの運転も徐々に慣れてきた頃、
上着のポケットから無線機の呼び出し音が鳴った。
『ガッ……おじさん、聞こえる?』
ノイズの向こうから届いた声に、
俺はスピーカーに耳を近づける。
「ルナリアか、どうした?」
『ザザッ……どうしたじゃないでしょ……ザガッ……
セレモニー、終わったわよ!……ガッ』
「あ、すまん。おつかれさん。ありがとな」
『ザッザ……もう。
ちゃんと無事に終わったからね……ザッ……
それと、帰ってから少し話したいことがあるんだけど、いい?……ザッ』
最後の一言で、
通信の向こうのルナリアの声のトーンがすっと変わった。
出店セレモニーとは別の、何か出来事があったのだろうか。
「わかった。
実は俺からも、君に話したいことがあるんだ。
まずは気をつけて、無事に帰ってきてくれ」
『ザザ……うん……』
いつもよりどこか元気のないルナリアの返事に、
俺は少しばかりの胸騒ぎを覚えた。
シオリから聞いた彼女の過去、そして聖法国の影。
不穏な空気は確実に色を濃くしている。
魔王城には俺たちの方が早く着くはずだ。
上に立つ者としては、
まずは帰ってきた連中を万全の体制で迎えてやるのが心遣いだ。
何か美味いものでも用意して出迎えてやろう。
「ルナリアさん達も帰ってくるんですか?」
ハンドルを握るコウタロウが、嬉しそうに聞いてくる。
後ろのワゴンにいるノエルには、
この会話は聞こえないはずなのだが、
なぜか車内の温度が急に下がったような、
強烈な寒気が背筋を走った。
「師匠!
帰ったら、前に約束したドラゴン狩りに行きましょう!」
「ん? そんな約束、したか?」
「忘れたんですか!? しましたよ!」
コウタロウに詰め寄られ、
俺は(おふっ……忘れてた……)と
心の中で冷や汗を流した。
確か仕込み中にそんな事を聞いた気はするが……約束はしてねぇ。
「コウタロウ……ドラゴンってのはなぁ、
本当に恐ろしいんだぞ?
デカバミなんて目じゃないくらいだ。
本当に行く気なのか?」
「はい!」
コウタロウは前を向いたまま、
少年漫画の主人公のように目をキラキラと輝かせてやがる。
一度こうなった若者の熱意をへし折るのは難しい。
これは簡単に諦めさせられるか分からねぇな、と
俺は内心で頭を抱えた。
なんとか魔王城へ到着するまでに、
別のことに話を逸らせようとしたが、
コウタロウのドラゴンへの熱いパッションは留まるところを知らず、
結局、城の重厚な門が見えてくるまで、
話を逸らすことは無理だった。




