第百二十六話 聖女すげぇー
コンコンコン、と調理場のドアが静かにノックされた。
入ってきたのは、警備隊主任のジランだ。
その背中から、小さな人影がひょっこりと顔を出す。
「やはりこちらでしたか。この子が道端で迷子になってましてね、
連れてきました」
「……師匠……ひどい……」
(あ、メルにこの宿の場所を教えるのを完全に忘れてた……)
「メル、すまん! 宿の場所を教えてなかったな、悪かった」
「これは……貸し……。帰ったら……何かして……」
ジト目で睨んでくるメルに、俺は平謝りするしかなかった。
「わかった、何か考えておくよ。……ジランさんも、すまないね。
お詫びと言っていいか分からないが、
明日ここで新作塩蛇ーめんの試食会をするんだ。
時間があったらぜひ来てくれ」
「ほう、それは楽しみです。
職務の合間にぜひ寄らせてもらいます」
ジランは嬉しそうに頷くと、
そのまま警備の任務へと戻っていった。
「メル、それよりコレットさんはどうしたんだ?」
「姉さん……お城で……降ろした……」
「そうか、ちゃんと送ってくれたんだな。
ありがとう。……って、姉さん?」
「ん……姉さん……いい人……」
随分と短時間で懐いたものだ。
あの女王、職人気質の子供の扱いには慣れているらしい。
「じゃあ、俺はザワールさんの所に行って
明日の試食会の話をしてくる。
……コウタロウ、嫌な予感がするから、
スープと麺は多めに仕込んでおいてくれ」
「はい、分かりました! 師匠の予感は当たりますからね!」
俺はコウタロウに想定の指示を伝えると、
軽トラに乗って再び商館へと向かった。
「ザワールさん、いてくれて良かった。
実は明日、新作ラーメンの試食をするんだが来ないかい?
ついでに新店舗の打ち合わせもしておきたいんだ」
「おお、喜んでうかがいます!
あのラーメンは旨かったですからな。
今度はどんな至福が味わえるか、今から楽しみです」
翌日。
お披露目の場となった宿の調理場前には、
案の定の顔ぶれが揃っていた。コレットが来るのは予想していたが、
まさかアンバーどころか、ビエール国王のエドワードまでが
現場に現れるとは思わなかった。
「八起殿、この度はお招きありがとうございます。
ラガーの仕込みが一段落して落ち着いたので、
居ても立ってもいられず伺わせてもらいました」
「エドワードさん、こんな狭い下町の宿で申し訳ないね」
「気にしないでください。
私もたまに下町へ降りて民の声を聞きますので、
こういう場所は落ち着きます」
「では、早速試食会といきましょう!」
コウタロウに合図を送る。
全員分の麺を手早く茹であげ、丼に盛り付けていく。
ノエルがそつなくそれを運び、メルは……
うん、お盆を引っかけるなよ、頑張れ。
目の前に出された塩蛇ーめんを、
エドワードとザワールが同時に啜った。
「これは旨い!
あっさりしているのに、奥深いコクがある。
それにこの色……どうやったらこれほど澄んだ
美しいスープが作れるんだ!?」
「これはコウタロウが研鑽を重ねた結果ですよ。
それに、隣にいるノエルは聖女です。
スープのベースには、ノエルが清めた聖水が使われています」
俺が何気なく解説した瞬間、エドワードとザワールは
口に入れた麺を同時にブッと吹き出し、激しく噎せだした。
「「聖女の聖水……っ!?」」
「八起殿、そんな貴重な物を、これほど惜しげもなく
使用したというのですか!?」
ザワールが目を血走らせてテーブルに身を乗り出してくる。
「え?」
俺がその剣幕に呆然としていると、
今度はエドワード国王が興奮した様子で教えてくれた。
「八起殿、聖女様の聖水には不思議な浄化の力があるのです!
治癒薬など、最高級の薬類にしか使用されない特別な水なんですよ!
……ノエル様、どうか我がビエール国にも聖水をお分けください!
この聖水があれば、
間違いなく素晴らしい最高峰のビールを作り出してみせます!」
一国の王であるエドワードの必死の懇願に、
ノエルは完全に引いてたじろいでいる。
「あなた! ノエルちゃんが怖がってるじゃない!
今はこのラーメンの試食でしょ、ビールの話は別の機会にしなさい!」
アンバーに強烈な拳骨混じりで諌められ、
エドワードはしゅんとなってしょぼくれてしまった。
(たしかに、ノエルが大量の聖水を作るのは、無理がある……。
……待てよ。中身を勝手に増やし続ける……。そうだ、壺だっ!!)
俺は脳裏に、あの魔王城で酢を増やし続けた不思議な壺を思い出した。
あれを使えば、最初の「種水」さえあればいくらでも
聖水を増産できるんじゃないか?
「エドワードさん。俺に一つ、妙案があります。
聖水のことは俺に任せてもらえないですかね?
今後、魔王国からお宅の国へ交易を行う正規の商品として、
きっちり用意させていただきますよ」
「本当ですか、八起殿! お願いします!」
試食会の手応えは文句なしの満点だ。
おまけに、思いがけない聖水への凄まじい食いつきに、
俺は今後の巨大な段取りを見据え、
一人で不敵にほくそ笑むのだった。
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