第百二十二話 さあ、往かん。黄金の甘露目指して!
「八起殿! ワシにもこれ貰えんかのぉ?」
どさりと地に膝を突いたまま、
ガルムは目を輝かせて俺を見上げてきた。
その巨体に似合わぬ必死さに、
俺は苦笑交じりに首を振った。
「将軍、勘弁してくれ。
これ一つ作る為に、俺はかなりおぞましい思いをしたんだ」
「そこを何とかならんかのぉ?
この力があれば、わしも兵たちの前でさらに示しがつくというものだ!」
「将軍……。全身の毛を腰と胸だけ残して全部刈って、
そのまま街中を歩けと言われたら出来ますか?
俺はそれくらいの思いをしたんだ。だから勘弁してくれ」
流石に将軍もその例えで察してくれたようで、
ついでがあれば考えるという事でようやく落ち着いた。
魔力を根こそぎ持っていかれるあの感覚は、
現場での経験を以てしても二度とゴメンだった。
俺はシオリの部屋に戻り、
ガルムを圧倒したという大成功の結果を告げると、
最終的な完成をお願いした。
翌朝、朝食に向かうと、
食堂には目の下にどす黒いクマを作り、
今にも机に突っ伏しそうなノエルがいた。
「ノ、ノエル……。無理させちまったようですまんな」
「大丈夫です……これも、コウタロウのために頑張りました」
いつものおっとりした声だが、目が全く笑っていない。
どこか凄まじいヤンデレ波動を帯びた、
複雑な表情の笑顔をされ、俺は少したじろいだ。
「お、おう。コウタロウのではないが……ありがとう」
「八起さん! 今回は私も連れて行ってください。
今のままでは、何かをしていないと不安なんです。
……コウタロウの手伝いがしたいです!」
ノエルがそこまで懇願してくる理由が分からず、
俺は視線を机の上に落とした。
そこに置かれた完成品のスーツにそっと触れてみると、
鑑定の感覚を通して、とてつもない量と密度の付与魔法が、
施されているのが分かった。
防刃や防炎のレベルが、昨日とは桁違いに跳ね上がっている。
(……これだけの仕事を一晩でやってのけたんだ。
これは流石に断れんな……)
「わかった、ワゴン・キャリアも繋いでいこう。
移動中は中で寝てればいいからな」
「ありがとうございます、八起さん」
ノエルが小さく胸を撫で下ろした瞬間、
食堂の隅からフラットな声が響いた。
「師匠……私も……行きたい……。軽トラ……乗りたい……」
見れば、作業着の精霊ボックンを伴ったメルが、
じっとこちらを見つめていた。
(そうだな。引きこもりのメルでも、
たまには外に出て、
自分の作った醸造装置が動く現場を見るのもいいか)
「よし、わかった。二人共、すぐに出発できる準備をしろ」
「はい」
「ん」
二人がそれぞれの準備に動く。
俺は完成したラガー醸造装置を積んだトランスポーターを軽トラに繋ぎ、
さらにワゴン・キャリアを連結した。
前回の行きよりも軽いが、精密機械と一緒だ。慎重に行こう。
すべての段取りを終え、いよいよ出発という段になって、
運転席にメルが乗り込んでハンドルを握りしめる。
「……メル、そこは違うぞ。俺が乗る所だ」
「……違わない……私が……する……」
メルはハンドルを握ったまま、
一歩も譲らないという強い眼差しをこちらに向けてきた。
隣のボックンも同じように腕を組んでコクコクと頷いている。
(これは、一度言い出したら絶対にテコでも動かないダメなやつだ。
しょうがねぇなぁ。まぁ、異世界だしいいかぁ……)
日本の感覚なら運転はさせられないが、ここは異世界だ。
一人で運転するより楽だしな。
「わかった、運転させてやる。
ただし、絶対に俺の言うことは守れよ。
アクセルとブレーキの操作は教えた通りにな」
「わかった」
そう告げた瞬間、
メルの目が今まで見たことがないほどすごい輝きを放った。
俺は苦笑しながら助手席へと回り、
無造作にポケットへ無線機を突っ込んで乗り込む。
こうして、ラガー醸造装置と二人の同乗者を乗せた軽トラは、
黄金の甘露を目指し、再びキャベッツァ農国とビエール国へ向けて、
魔王城を出発するのだった。




