第百二十話 こういうの欲しかったんだよ
シオリの部屋を後にした俺は、
かつてガラクタ部屋と呼ばれていた、
現在のメルの部屋へと向かうことにした。
目的は、ラガービールの醸造装置が
本当に稼動可能なのか確認だ。
コンコンコン、と金属製の重厚な扉をノックし少し開く。
「メル、いるか?
今大丈夫なら装置の確認したいんだが」
「ん、いる……」
「入るぞ」
俺は元宝物庫の頑丈な扉を開けて中に入る。
そこは俺が以前いた時とは全く違う、
何か実験でもするような怪しい部屋へと変貌を遂げていた。
棚には見たこともない器具や、
怪しげな形状の物体が並んでいる。
「こりゃすごいな、全部メルが作ったのか?」
「そう、深淵から湧き上がる英知の泉が
カオスを構築せよと我を通し顕現させし物!」
「うん、すごいぞぉ。これは何をするものなんだぁ?」
急に中二病呪文のスイッチが入ったメルのセリフに、
俺は思わず棒読みになってしまった。
だが、本当に凄そうな機械である。
「シオリの糸……魔力通して……
伸び……縮……する……布……作る……」
「伸縮する布か!?」
「そ……ボックン……パワーアップ……助手に……する」
メルのフラットな説明を聞いた瞬間、
俺は現場監督として即座に閃いた。
「その布でボックンの体を作り直して、
力仕事させるんだな!」
正解を出した俺に、メルは手を腰に当ててドヤ顔をした。
その隣で、お揃いの作業着を着た精霊ボックンも、
同じように胸を張ってドヤ顔をしている。
相変わらず微笑ましい光景である。
「でも……失敗……魔力……足りない……」
しかし、先ほどまでのドヤ顔はどこへやら。
メルは一転してガクリと肩を落として悲壮な顔をする。
「魔力が足りなくて動かないのか?」
「違う……動く……けど……力無い……」
(なるほど、魔力量によって出せる力が変わるということか……)
うなだれる弟子の頭に、俺はそっと手を置いた。
「メル、失敗は悪いことじゃないぞ。
そんなに落ち込むな。
これで、何が足りなくて何があれば上手く動くか、
次が考えられるだろ?
俺がいた世界じゃ『失敗は成功の素』と言うんだ」
そう話すと、メルの表情に明るさが戻った。
さらに俺はニヤリと笑って、
職人としての最大の解決策を提示する。
「それに、俺がその布で作った服を着たらどうなると思う?
魔王の魔力だぞ!」
「!!」
メルの目が、驚愕でこれ以上ないほど丸くなった。
「我、新たなる魔王へ力を与えし者、
世界の全ては我の物に!」
完全に向こう側のスイッチが入ったメルが、
握り拳を天に掲げて叫ぶ。
「いや、全てはやれんがな。
布は俺が作るから装置の使い方教えてくれ。
それはともかく、醸造装置はどれなんだ?」
俺はメルに案内されて醸造装置の確認を行った。
実際に稼働させて見せてもらうと、
本当に俺が指示書に書いた通りの冷却機能と、
温度管理の魔導具が備わっており驚くばかりだ。
これでラガービールは作れる。
後はこれを連結荷車に積み込み、
無事にビエール国に運ぶだけだ。
だが、その前に自衛手段を製作しなければならない。
大城壁の外の街道で見たあの大蛇を思い出す。
あの規模の魔獣が頻繁に出るとなれば、
護衛ギルドの強化だけでは足りない。
今後の移動に支障を出さないためにも、
俺自身の守りを固める必要がある。
俺はメルに布のつくり方を教わり、機械を動かす。
「師匠……ここ……手……置く……」
俺はメルの言うとおりに、
機械につながった水晶球の様な物に手を置いた。
「我が呼びかけに応えよ、魔の王よりいづる混沌の力よ。
今その力解き放たん!」
ポチッ。
「……メルさん、その掛け声必要なのかな?」
俺は自分が使う時、叫ばなければいけないのかと絶句しながら聞き返した。
「いらない……雰囲気……」
(無意味かよっ!)
そんな事を心の中で思っていると、作動音が唸りだした。
(うおぉぉぉ、吸われてる。
なんかものすごく吸われてるっ!!!!)
生まれてから今まで体験したことの無い感覚に、
新しい扉が開きそうになりながらも、
布は勢いよく織り出されていった。
規格外の魔力を自動で吸い上げた機械は、
猛烈な速度でシオリの魔糸を織り上げていく。
「出来た……すごい力……感じる……師匠……少し貰っていい?」
目を輝かしながら聞いてくるメルに、
声も出せず頷くだけの返事を返した。
(じょ、冗談じゃねぇ、力尽くで全て奪われた気分だ……)
布を片手に小躍りしている弟子に軽く手を挙げ、
俺はよろめく足をどうにか踏みしめる。
これで強固な自衛手段の材料は手に入った。
これを使った装備を製作するため、
俺は再びシオリのもとへ足を運ぶのであった。




