第百十九話 シオリと魔王(後編)
しばらくの沈黙の後、俺は切り出した。
「シオリは俺を魔王と呼んでいるが、魔力の形も見えているのか?」
「はい、見えております」
「初めて会った時に姿も見えていたってことだよな。
その体は目でも見えているってことでいいのか?」
「はい。裸に壺で、それはもう興奮いたしました。
あの時の感覚はとても新しくて、暴走してしまい大変申し訳ございません」
「……。その……なんだ。ルナリアの一部なんだよな……」
「一部です」
「「……」」
気まずい沈黙が、二人の間に流れる。
まさか召喚された玉座での凄まじい暴走の裏に、そんな事実と、
移植された人格ゆえの『興奮』があったとは思いもしなかった。
俺は顔がカッと熱くなるのを覚え、いたたまれなくなって、
白髪混じりの頭をガシガシと掻いた。
だが、今後の対策として、ここだけは確認しておかねばならない。
「シオリはその人格を気に入っているのか?」
「はい。私はただの精霊であった時は、感情というものを持っておりませんでした。
魔王様より『感情を授ける。俺をもっと楽しませろ』と仰せつかり、受け入れました。
その時の衝撃は忘れられません……。
でも、色彩豊かな感情が生まれたのは、おじ様に出会った瞬間ですぅ」
そう言うと、シオリの大きな瞳から大粒の涙が溢れ出し、
そのまま号泣を始めた。
俺は、女性の涙が苦手だ。
どうしていいかわからない。
現場のトラブルならいくらでも対処できるが、
泣いている女の子を前にすると、長年の経験もへったくれもなくなる。
「シオリ、俺は感謝している。
魔王の為と手を貸してくれたのかもしれない。
けどな、シオリがいなかったら今のこの魔王国はあり得なかった。
これからも今までのシオリでいてほしい」
俺は不器用ながらも、優しく彼女の頭に手を置いた。
「はい、わかりましたですぅ」
涙を拭い、シオリが落ち着く頃合いを見計らって、
俺は内容を整理しながらもう一度詳しく話を聞いた。
シオリの話を総合すると、どうやら彼女自身にも、
前魔王が最終的に何をしようとしていたのか、
その明確な目的までは分からないらしい。
ただ、一つだけ前魔王から絶対に守るよう、強く命令されていたことがあった。
『有能に見える男が召喚されたら殺せ』
シオリの口から淡々と告げられたその言葉に、
俺の背筋にヒヤリと冷たいものが走った。
(あ、あぶねぇ……。俺じゃなけりゃ殺されてたな……)
裸で股間をツボで隠した、間抜けなおっさんだからこそ『無能』だと見なされ、
あの初対面の緊迫を奇跡的に生き残れたのだ。
風呂でくつろいでいた時の召喚が、図らずも最大の生存戦略になっていたわけだ。
前魔王の動向については分からないままだが、
それでも今回の対話で重要なことは大体わかった。
一つは、異世界から人間を呼び出す召喚魔法は、
前魔王が独自に改良して実用化したものであること。
二つ目は、過去のルナリアである栞を召喚したことで、
前魔王はその魔法の精巧な仕組みにたどり着いたということ。
そして三つ目は、召喚者『栞』でいくつかの精神魔法が考案、実験され、
実用化されたということ。
(ここが、一番許せねぇ……!)
人の記憶や人格を切り刻み、都合の良い人形として配置する。
その非道なやり口に、俺の胸の奥で再び激しい怒りの炎が燃え上がる。
だが、今はまだ、この事実は俺とシオリの二人だけの秘密だ。
これから大仕事のビエール国への遠征を控えているこの大事な時に、
城の全員で混乱するわけにはいかない。
「シオリ、今のこの会話は二人だけの秘密だ。
時期が来たら俺から皆に話す。それでいいか?」
「おじ様と二人だけの秘密……密会……時期が来たら告白!?
結婚!! うへ……」
さっきまでの神妙な空気はどこへやら、
シオリは顔を真っ赤に染めて身をモジモジさせ始めた。
(……平常運転!)
と、俺は心の中で大きくツッコミを入れながら、
どこか安心している自分に苦笑した。
何はともあれ、これで次へと進むための段取りはついた。
俺はこれ以上の暴走に巻き込まれる前に、
そっとシオリの部屋を後にするのだった。




