第百十八話 シオリと魔王(前編)
コンコンコン。
俺はシオリの部屋の前へ立ち、無骨な手で木扉を叩いた。
「はい、開いております」
部屋の奥から返ってきたのは、低く無機質な声だ。
「入るぞ」
扉を開けて足を踏み入れると、そこにはいつも通りの姿があった。
メイドらしい綺麗な角度で手を重ね、頭を下げるシオリ。
だが、その顔に笑みはない。
感情を消し去ったような無表情で、彼女は佇んでいた。
「お待ちしておりました、魔王様」
俺は作業着のポケットへ両手を突っ込み、ゆっくりと口を開く。
「話の事なんだ。聞きたいことがあってな。
気分を悪くしたらすまない」
あらかじめ謝罪の言葉を告げてから、
胸の奥で燻っていた本題を静かに問いかけた。
「俺はこの世界に来てから、シオリと同種族を見たことがない。
シオリはアラクネという亜人だったよな?」
わずかに、重苦しい間が空く。
「いいえ。違います」
「え? 違うとは、どういうことなんだ?」
想定していた答えを綺麗に外され、肩透かしを食らう。
それと同時に、脳裏へ疑問が次々と湧き上がった。
俺は少し乱暴に聞き返す。
「シオリ、君はいったい何なんだ? 教えてくれ」
「はい。仰せのままに」
シオリは表情を変えず、淡々と語りだした。
「私は魔王様がお作りになった、人造生命体にございます」
「人造生命体……?」
「はい。魔王様がご自身の転生先としてお作りになられた体に、
かつて精霊であった私が憑依した結果、誕生いたしました」
シオリの口から紡がれる言葉は、俺の知らない『前魔王』の、
冷酷な所業を物語っていた。
「魔王の転生先?」
「はい。魔王様は万が一の時に備えて代わりの体をお作りになりましたが、
『造形を間違えた』とのことで、飾られていた物でした」
「間違えた……?」
(失敗作? 転生先として気に入らなかったのか?)
あまりに身勝手な理由に、人としての心がピクリと不快に揺れた。
「わからん……。何故君はその体に憑依したんだ?」
「私の元の器は破壊されました、『消えたくなければこの体を使え』と、
そのように告げられました」
(ボックンと同じか……。
だが、ボックンにはシオリほど明確な個性が感じられない。
どういうことだ?)
「ボックンと同じように、ということだな」
「はい」
「では、精霊にも君のような個性が存在しているのか?」
「いいえ。この個性と自我は、栞という名の女性からいただきました」
「栞?」
「はい。魔王様がこの世界へ召喚された女性にございます」
頭をガツンと殴られたような衝撃が走った。
(俺より先に召喚された女性がいるのか!?)
驚愕に目を見開く俺を見つめながら、シオリはさらに、
恐ろしい事実を告げた。
「召喚されたその女性は、ルナリア様でございます」
「まてまてっ! ルナリアが召喚者だと!?」
「はい。ルナリア様の人格から一部が移植され、現在の私に至ります」
「人格を移植……。何をやっているんだっクソ魔王がっ!」
激しい怒りのままに、俺は床を踏み鳴らして怒声を上げた。
人を弄ぶかのように扱い、記憶や人格を切り刻む。
前魔王の悪行に、腹の底から煮えくり返る怒りがこみ上げる。
すると、シオリは静かに頭を下げた。
「申し訳ございません。私の存在でご不快な思いをされるのでしたら、
ご処分をお申し付けください」
どこまでも無機質に、自身の消滅を受け入れようとするシオリの姿に、
俺はハッとして我に返り、慌てて両手を振った。
「すまん、違うんだ。君に腹を立てたわけじゃない。
人を弄ぶような魔王へ、どうしようもなく怒りがこみ上げたんだ」
俺は彼女の前に立ち、前魔王がこの城に残した深い闇の全貌を、
今度こそ見極める覚悟を決めるのだった。




