第十二話 嫌いになんてなれないよ
「よし、材料は揃った! 卵に油に、あの発酵ワイン……。
あとは一気に混ぜ合わせるだけだ!」
厨房で意気揚々と腕をまくった八起だったが、
すぐに重大な欠陥に気づき、動きが止まった。
「……道具がねぇ。泡立て器一本ありゃしない」
人力で乳化させるには、気の遠くなるような高速回転が必要だ。
箸やスプーンでは話にならない。
八起は「ちょっと待ってろ」とガウラを調理場に残し、
日課となっているガラクタ漁りに自室へと走った。
床に転がる金属ゴミをひっくり返すと、部屋の隅に転がっていた、
手頃なサイズの口が広いカメのような魔道具が目に留まった。
「お、こいつ……ギガントの
指先が細かく回るじゃないか。これをこうして……」
八起はガラクタの中から細い金属棒を数本抜き取ると、
それらを「形状変転の棒」で叩いて螺旋状にねじ曲げた。
それをギガントの指先に強引に固定し、
カメの中へ差し込めるように組み上げる。
「よし。間に合わせだが、『自動泡立て器』の完成だ!」
さっそく厨房に持ち帰り、ガウラに協力を仰ぐ。
「おいガウラ、このカメを押さえてろ。ギガントを回すぞ」
「わふっ! 任せ――……って、むりー!
ボス、これ鼻が痛い! ツンとして死ぬ!」
発酵しすぎたワインの強烈な酢の匂いに、
鼻の利く人狼娘は涙目で退散してしまった。
仕方なく、八起は一人で作業を進める。
慎重に卵を割り、黄金色の黄身だけをカメの中に落とす。
そこにルナリアの美容オイルを少しずつ垂らしながら、
八起は念じた。
「ギガント、GO! ゆっくり、一定の速度で回せ!」
ギガントの指先が唸りを上げ、カメの中をかき回し始める。
「おお、いい感じだ。混ざって……だ?
なんだこれ、なんか勝手に混ざっていくぞ」
八起がカメに触れると、直感的に答えを導き出した。
「……これ、ただの入れ物じゃねぇ。
入れたもんを勝手にいい感じに合成してくれてやがる」
カメの中では、本来反発し合うはずの油と水分が、
魔法のような速度で溶け合っていく。
滑らかで濃厚な「黄金色のソース」へと変質していった。
出来上がったソースを、八起はスプーンですくい、
まずは自分で味を確かめる。
「……完璧だ。エグみが消えて、コクだけが残ってる」
その香りに誘われ、鼻をつまみながら、
おそるおそるガウラが戻ってきた。
「……終わったか? あんなツンとする匂いのやつ、
本当に美味いのかよ。私は嫌いだぞ、あんな……」
八起は無言で、スプーンの先に残った黄金色のソースを、
ガウラの口元へ差し出した。
ガウラは疑わしげに鼻をヒクつかせたが、
ペロリとそれを舐めた瞬間――。
「……っ!!」
雷に打たれたような衝撃が、彼女の全身を突き抜けた。
さっきまでの拒絶感はどこへやら。
濃厚な卵の旨味と、美容オイルの華やかな香り。
そして酢がもたらす絶妙な後味が、彼女の理性を粉砕した。
「……う、うめぇ……。
なんなんだこれ、嫌いになんてなれないよぉ〜!」
ガウラは身悶えしながら、涙目でカメにすがりついた。
その様子を見て、八起は腕を組みニヤリと笑った。
「だろ? 現場のトラブル酢の匂いは、
乳化してこそ価値が出るんだよ」
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