第百十二話 生活なくして幸福は得られない
二人の女王姉妹が、息を呑むような見事な平らげっぷりで
器を空にした。
コレットは満足げに息を吐き、
アンバーは名残惜しそうにジョッキの底を見つめている。
俺は二人の前に一歩踏み出し、職人としての、
そして現場を預かる者としての本気の提案を切り出した。
「いかがでしたか。この麺も餃子の皮も、
すべてこの国の小麦で作られてます。
コレットさん、この『餃子』をあなたの国で本格的に
生産してみませんか?」
「え……我が国で、ですか?」
驚くコレットを真っ直ぐに見据え、
今度は隣の妹へと視線を移す。
「アンバーさん、改良されたエール――いや、新しいビールは、
この餃子にもすごく合います。そして、このラーメンだ。
このキャベッツァ農国に、露店ではなくちゃんとした『店舗』として出店し、
ラーメン、餃子、ビールで新たな産業を作り出しませんか?」
俺の言葉に、姉妹の目つきが「現場の親方」のものへと変わった。
ただ美味いものを食わせるだけじゃない。
これは国を動かす、一大ビジネスの現場検証だ。
「信仰が悪いとは言いません。ただね、
何も生み出さず、心の支えだけで人々は生活出来ますか?」
俺の声には、自然と熱がこもっていた。
地球での長い現場人生、汗水垂らして働く人間を誰よりも見てきたからこそ、
譲れない一線がある。
「同じお金を掛けるなら、頑張れば頑張っただけ
生活が良くなる方法を望みませんか?
見えないものに頼るより、目に見える豊かさが幸福度を上げると俺は考えます。
人々が豊かになれば、聖法国に大きい顔をされなくて済むんじゃないですかね?」
「……聖法国に、大きい顔を……」
コレットがその言葉を、噛み締めるように繰り返した。
神殿建設の寄付金という重荷に苦しんでいた彼女にとって、
それは何よりも現実的で、何よりも求めていた救いの一手だったに違いない。
「仕組み作りは魔王国が責任を持って用意します。
既にラーメンとは別の事業は始まっています。
……どうですか、俺たちといっしょにやってみませんか」
俺がガッと右手を差し出すと、
コレットとアンバーは顔を見合わせ、深く、力強く頷いた。
「乗ったわ、八起殿。民の生活を守るためなら、
私はどんな泥にだってまみれてみせる。
……いいえ、この美味いものの前には、泥を被る必要すらなさそうね!」
コレットがそのしっかりとした作業人の手で、
俺の右手をがっしりと握り返した。
「私も協力するよ、八起さん!
うちの国自慢のエールを、世界一のビールに変えてみせる!」
アンバーもその上から自分の手を重ねてくる。
三人の手が重なり、現場の熱気がさらに跳ね上がった。
「よし、話は決まりだ。コウタロウ、悪いが俺は一度魔王国に戻る。
その間、ラーメンはお前に任せるが、出来るか?
そして、餃子はアル達にお願いしようと思う。明日、出発際に交渉してくる」
「はいっ、師匠!任せてください、屋台はしっかり守ります!」
コウタロウが拳を握り、ハキハキと力強く返事をした。
「それからコレットさん。俺たちはこの国に来る途中、
アルフレッドという野菜売りの少年と出会った。
今、二人が食べている餃子は、
アルフレッドとその家族に手伝ってもらって作ったものだ。
交渉次第になるが、その一家に餃子を任せたいと思うがいいかい?」
「ええ、もちろん構いませんわ。
むしろ、我が国の民が直接関わる事業になるのでしたら、
国としてもこれ以上ない喜びです」
コレットは即座に快諾してくれた。
これで地元の生産ラインの目処も立ちそうだ。
俺は作業着のポケットから、『無線機』を取り出した。
「戻ってくるまでの連絡は、この無線機で行えます。
これは遠く離れた所と会話ができる魔道具です。
コウタロウが1台持っていますので、何かあれば連絡をください」
「まあ、遠く離れた場所と会話を……? そんな奇跡のような魔導具が……」
コレットが不思議そうにそれを手に取る。
往復の移動と魔王城での準備を考えたら、早くて一週間。
その間の現場の管理と連絡体制の構築。段取りとしては、これでバッチリだ。
「俺はこれから必要な指示書を作り、明日の朝、魔王国に戻ります。
……せっかくの食後に、堅苦しい仕事の話で突っ走っちゃって悪かったな」
パワフルな女王姉妹を仲間に加えた魔王国の外交開拓は、
ついに国境を越え、隣国ビエール国をも巻き込んだ巨大な産業改革へと、
確実な一歩を踏み出すのだった。




