第百十一話 パワフル姉妹には魔王も勇者も勝てません
「ぜぇぇ、はぁぁ……ぜぇぇ、はぁぁ……」
なんだってんだ。50を過ぎたおっさんを、
あんまり走らせるんじゃねえ。
俺は膝に手をついて、激しく肩で息をした。
作業着の襟元を少し緩めるが、上がった息はなかなかおさまらない。
「し、師匠!? 大丈夫ですか!? 今度はいったい何が……」
湯気の向こうから、平ざるを持ったコウタロウが目を丸くして
駆け寄ってくる。
だが、息を整える俺の横を、コレットとアンバーが通り抜けた。
「君が勇者か? そのラーメン、私たちに作ってもらえるかしら!」
「噂のラーメン! すぐに二人分、大至急お願い!」
コレットとアンバーは、広場の屋台へ着くなり早速注文を出していた。
しかもだ。よく見れば、二人とも商館から
エールの瓶を抱えて持ってきてやがる。
その姿は、高貴な女王姉妹というよりは、完全に現場帰りの姉御たちだ。
「八起殿、先ほどの餃子、出してくださる?」
広場の席にどっかと腰掛けたコレットが、
悪戯っぽく微笑みながら俺を振り返る。
(……まるで深夜のラーメン屋の常連客かよ)
「はいはい、ただいま。今出しますよ」
俺は苦笑しながら、抱えてきた特製コンテナから、
まだ熱々を維持している餃子の皿を取り出して
テーブルに並べた。
「さあ! ここで先ほどの続きを話しましょう」
アンバーがエールの瓶の栓を抜きながら、身を乗り出してくる。
「まてまて。ラーメンはスープを吸って麺がふやけ易いんだ。
ラーメンの鉄則、温かいもんは温かいうちに。
話はしっかり食ってからにしよう」
俺がそう宥めると、ちょうど茹で上がった麺を器に盛り付け、
特製の具材を乗せたラーメンが完成した。
それを運んできたのはガウラだ。
だが、野生の勘でこの場の尋常ならざる空気
(パワフルな姉御たちの気配)を察したのだろう。
器をテーブルに置くと、彼女は一度も目を合わすことなく、
すぐさま脱兎のごとく離れていった。見事な危機回避能力である。
「んんーっ、これがラーメン!
あぁ、スープと絡んでなんて喉越しなのかしら!」
「この濃厚な後味を、エールで一気に流し込む……
ああっ、幸せだわぁ!」
二人は周囲の目も気にせず、豪快に麺を啜り、
餃子をかじり、エールを煽った。
このエールだが、濃厚なラーメンと餃子には、
その独特の苦味が絶妙にマッチしているらしい。
俺は今後の為に少し声を潜めて釘を刺す。
「一応言っておくがね、俺もコウタロウも色々とワケありなんだ。
魔王と勇者ってのは、ここでは内緒にしておいてくれよ」
「そのくらいは嗜んでおります。ねえ、アンバー?」
「当然ですよ。外では『八起殿』と『コウタロウ殿』。これでよろしいかな?」
コレットはエールをグビグビとやりながら、
大人の余裕を見せてウィンクした。
「ああ、それで頼む。……よし、食い終わったら声をかけてくれ」
俺は一旦話を切り上げると、調理台の奥で未だに状況が掴めず
固まっているコウタロウの元へと移動した。
「コウタロウ。信じられないかもしれんが、あの二人、
コレットとアンバーといってな。
実の姉妹なんだが……この国と、隣の国の女王様だ」
「……えっ? じょ、女王様……ですか? 二人とも?」
コウタロウは持っていた平ざるを落としそうになりながら、
完全にフリーズした。無理もない。
まさか自分たちが営業している屋台で、
二国のトップが農作業着姿でラーメンと餃子を貪り食っているなど、
誰であっても気づくはずがなかった。
「はぁ。どうやら俺たちの外交開拓は、
とんでもなくパワフルな現場の親方たちに巻き込まれてしまったみたいだ……」
俺はスープを美味そうに飲み干す姉妹を眺め、
これからの賑やかな大仕事への予感に、小さくため息を漏らすのだった。




