第百九話 キター!
「では、ここで三巨頭会談を始めたいと思います。エールをここに!」
コレット女王の唐突な宣誓が、私室の空気を震わせた。
……会談?巨頭? というか、なんでここで酒が出てくるんだ。
あまりに予想外な展開に、俺は思わず気の抜けた声を漏らした。
「へっ??」
「八起殿、まずは一杯。堅苦しい話より、飲みながら気軽に
語り合うのがお互い近道ですよ」
妹のアンバーが、手際よく木製のジョッキを並べていく。
(アンバーさん?コレットさん?飲み二ケーションかよ!)
俺は少したじろいだ。てっきり農場の視察の続きか、あるいは
ギリギリした予算交渉が始まるものだとばかり思っていたからだ。
だが、目の前に置かれたジョッキを見て、俺の視線は釘付けになった。
なみなみと注がれたそれは、琥珀色に透き通り、
表面には真っ白な泡が躍っている。地球で何度も見た、
紛れもないビールの姿だった。
「この出会いに乾杯しましょう!」
コレットの快活な掛け声に流されるまま、俺はジョッキを煽った。
喉を焼くような、それでいて爽快な刺激が駆け抜ける。
「……ぷはぁぁっ!」
思わず、現場終わりのような声が出た。久々に味わうホップの苦味。
悪くない。いや、むしろ身体がこれを求めていた。
ただ――惜しむらくは、ぬるい。
「いやぁ、八起殿、いい飲みっぷりですね! どうですか、
私の国自慢のエールは?」
アンバーが身を乗り出し、自国の特産品への評価を尋ねてきた。
その瞳は、商売人のそれというよりは、丹精込めて作った品を
自慢する職人の輝きに近い。
「いや、エールというやつは初めて飲みましたが、美味しいもんですね。
……こいつは輸出なんかはしてないんですか?」
「それが、日持ちがしないので外貨の獲得にはならないのですよ」
アンバーは悔しそうに肩をすくめた。
(……そうか、確かエールは常温に近い温度で発酵させるんだったな)
地球の知識が頭をかすめる。常温発酵は雑菌も増えやすく、
品質の劣化が早い。流通のインフラが整っていないこの世界では、
国境を越える前に味が落ちちまうんだろう。
(うちのコンテナや魔術樽ならいけるか? いや、どうせやるなら
低温発酵のラガーを作るって手もあるな……)
空になったジョッキの底を眺めながら、思考を巡らせる。
だが、その思索はすぐに中断された。いつの間にか、俺の両隣に
コレットとアンバーが移動してきていたからだ。
「どうしたんですかぁ? まさか、たった一杯で酔ったなんて
言わせませんよぉ?」
アンバーが俺の腕に手を添え、コレットが反対側から顔を覗き込んできた。
……うおっ、なんだこの距離感。
(これじゃあキャバクラじゃねえか! 集中して考え事ができねえ!)
「ちょっ、ちょっと待ってください! 二人とも、落ち着いて席に
戻りなさい!」
俺は慌てて距離を取ろうとしたが、姉妹の連携に逃げ場がない。
一拍置いて、俺はハッとして二人を交互に見た。
「アンバーさんまで呼んで、このタイミングでエールを勧めてきた
ってことは……これも聖法国の件と関係があるんですか?」
俺の問いに、二人は顔を見合わせ、コレットが深いため息をついた。
「ダメかぁ、お色気作戦失敗」
「おい! その農作業着で色気もなにもあるかってんだ!」
思わずツッコミを入れると、アンバーが不満げに頬を膨らませる。
「いやいや、お二人とも十分に美しいですよ、ドキドキしますよ。
……ですがね、聖法国絡みの問題を色仕掛けでどう解決するんですか」
俺は居住まいを正し、職人の……いや、魔王代行としての厳しい
眼差しを二人に向けた。冗談で済ませるには、相手の影が重すぎる。
「必要なのは、建設費を捻出するための莫大な資金か、
あるいは要求を突っぱねるための正当な対策でしょう?
冷静になってください」
俺が強めに言い放つと、姉妹の顔から悪戯っぽい色が消え、
女王の顔に戻った。
「……失礼しました。八起殿の仰る通りです」
「いいでしょう。どうせやるなら真剣にやりましょう。その……
三巨頭会談とやらをね」
俺はテーブルの上に、持参したコンテナをドンと置いた。
冷えた鉄の感触が、この場の空気を引き締める。
ラーメン、餃子、そしてこのエール。これらをどう組み合わせて
現場を動かすか。職人の勝負は、ここからだった。




