第百八話 姉妹揃って姉御かよ……
「堅苦しい話は無しにしましょう。ザワール殿、
一席ご用意していただいてよろしいですか?」
コレットはザワールに短く耳打ちをする。
そして改めて俺の方を向き、凛とした微笑を浮かべた。
「では八起殿。準備が整うまで、
我が国の誇りである国営農場をご案内してもよろしいですか?」
「それは是非、見学させていただきたい。
現場を知るのが職人の基本ですからね」
俺は二つ返事で深く頷く。
国名にまでなっているキャベッツァの生産現場。
それは俺が新たな商品の材料として目をつけていた、
この国最大の資源だった。
商館から馬車で少し離れると、広大な畑が姿を現す。
地平線の際まで続くかのような、見事な光景が広がっていた。
「……見事なもんだ。魔王国でも農地を広げて作物の生産を始めたんですがね。
ここまで手入れの行き届いた立派な農地は、流石の一言ですよ」
俺が率直な感想を口にすると、コレットは小さく感謝の言葉をこぼす。
だが、その言葉とは裏腹に、彼女の横顔にはふっと暗い影が落ちた。
「コレットさん。もしかして、この農場に何か問題でもあるんですかい?」
俺の問いに、コレットは一瞬だけ迷う素振りを見せる。
やがて彼女は、静かに重い口を開いた。
「……はい。実は聖法国よりこの国に、新たな神殿を建設するための
多額の寄付を迫られておりまして。キャベッツァは大切な作物ですが、
それ自体が高額で取引されるものではありません」
「今のままでは、民に過度な負担を強いることになってしまう……。
食料改革を進めている八起殿であれば、何か、
この窮地を救うお知恵を貸していただけるのではないかと考えておりました」
深刻な相談である。
だが、俺にとっては願ってもない申し出でもあった。
「俺に一つ、考えがあります。これから一席設けていただけるのなら、
その期待に添えるかは分かりませんが、一つの『答え』を持参しましょう」
俺の言葉に、コレットの表情にパッと明るみが戻る。
彼女は思わずといった様子で、俺の両手をがっしりと握りしめた。
(……いい手だ。しっかりとした、作業人の手じゃないか。
こりゃあ、なんとしても期待に添いたいねぇ)
職人の誠実な熱量を感じた俺は、軽く拳を握って見せる。
「これから準備にかかるんで、また後ほど!」
俺は急ぎ、コウタロウの屋台が並ぶ広場へと走った。
「ぜぇぇ、はぁぁ……ぜぇぇ、はぁぁ……」
「師匠!? どうしたんですか、そんなに慌てて。
営業なら問題ないですよ。ガウラさんも意外と……いえ、
かなりよくやってくれてますし」
肩で息をする俺を、麺を茹でていたコウタロウが驚いた顔で迎える。
見れば、ガウラは客を威嚇することもなく、
持ち前のバイタリティで配膳をこなしていた。
「七転さん! ご馳走になってます!」
不意に声をかけられた。
見れば、野菜売りの少年アルが両親を伴って客席に座っている。
「いいタイミングだ! アルフレッド君、食事が済んでからでいい、
少し俺の仕事を手伝ってくれないか? ぜひ君を借りたいんだ」
「僕を? もちろんいいですよ!」
俺が真剣に頼み込むと、アルは両親の了承を得る。
彼は快く俺の仕事を引き受けてくれた。
三人を宿の調理場へと案内し、俺は早速餃子の仕込みを開始した。
アルの両親に作り方の要領を説明する。
流石は農家の手だ、実に見事な手際で野菜を刻んでいった。
想定よりも遥かに早く、大量の餃子が包み上がる。
まずは動作確認――いや、味の確認だ。
「よし、みんな食べてみてくれ。これが焼き餃子だ」
熱した鉄板に油を引き、手際よく餃子を並べる。
底にいい焼き色がついたところで水を差し、蓋を被せた。
ジュワーッという威勢のいい蒸気の音が響く。
調理場にはキャベッツァの甘みと大蛇肉の獣脂の匂いが漂う。
さらにガリャック、ニイラ、チョウネギが混ざり合い、
芳醇な香りが立ち込めていた。
「……これが完成品です」
アルと両親は、その香りに目を丸くする。
そして皿に盛られた熱々の餃子を、恐る恐る箸で突いた。
「フホッフホッ……熱、うまっ!」
「うちのニイラ、チョウネギが……
こんな、こんな美味しいものに化けるなんて!」
初めて体験する『焼き餃子』の暴力的な旨さ。
三人は驚きを隠せない様子で、次々と口へ運んでいく。
「喜んでもらえて何よりだ。
これ、包んでおくから持って帰って食べてくれ」
俺はさらに餃子を次々と焼き上げていく。
ザワールの使いの者が現れたのは、ちょうど俺が重い鍋を片付けた時だった。
再び馬車に乗り、商館へと戻る。
案内されたのは、先ほどの応接室とは違う落ち着いた雰囲気の私室だった。
そこにはコレットと、もう一人。
同じように洗練された農作業着姿の女性が待ち構えていた。
「八起殿、紹介します。私の妹のアンバーです」
「姉さん、挨拶もなしにいきなり失礼ですよ!
八起殿、お初にお目にかかります。
隣国、ビエール国より参りましたアンバー・エレナ・ブラッシカと申します」
丁寧な挨拶とは裏腹に、その瞳にはコレット譲りの活発さが宿る。
いや、それ以上の気の強さが見え隠れしていた。
「姉妹揃って、現場の姉御ってわけかい。
……こりゃあ、面白い席になりそうだな」
俺は手に持った特製のコンテナをテーブルに置く。
そして、不敵な笑みを浮かべてみせた。




