第百一話 噂は千里を駆ける
ザワールの商隊と別れた後、街道の景色は刻一刻と表情を
変えていった。
原野を渡る一本道は、進むにつれて道幅を広げ、
踏み固められた土の質も良くなっていく。
それに比例するように、行き交う旅人や行商人の数も増えた。
この軽トラと、後ろに連なる二台の連結車――
キャンピングカー仕様の連結魔導客車と、
ラーメン屋台を積んだ連結魔導荷車。
この一行は、どこへ行っても注目の的だ。
中には、この奇妙な鉄の箱に目を輝かせ、
併走しながら商談を持ちかけてくる商人もいた。
「おい、そこの旦那!
その馬のいない荷車、いくらなら譲ってくれる?」
「非売品だ。これは俺たちの仕事道具なんでな」
俺はハンドルを握ったまま、ぶっきらぼうに返す。
だが、ただ断るだけでは職人として、
あるいは魔王国の開拓者として能がない。
「だが、興味があるなら魔王国の
ガルードって商人を訪ねてみな。
相談に乗れる物があるかもしれねえ。
俺の営業だって言えば、話は早いはずだ」
現場の人間が新しい技術を見せつけ、
興味を持った連中を信頼できる商人の元へ流す。
これが一番確実なインフラ拡大のやり方だ。
日が暮れる頃、街道の先には大きな広場が見えてきた。
長距離を移動する者たちが夜を明かす、共用の野宿場らしい。
すでに数十の焚き火が上がり、
家畜の鳴き声や男たちの笑い声が混ざり合って、
独特の活気を作り出していた。
俺は軽トラの出力を絞り、広場の隅にある、
少し高くなった場所にそろりと停車させた。
案の定、車を止めるなり、蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
「なんだこの箱は?」
「魔導具か?」
「西の農国へ行くのか?」
矢継ぎ早に投げかけられる質問を、
俺は「ただの移動販売車だ」と適当にあしらう。
だが、これからキャベッツァ農国で『ラーメン』という
新しい露店を出す話をすると、周囲の空気が一変した。
「ラーメン? 聞いたこともないな」
「魔王国発祥!?」
腹を空かせた旅人や、
常に新しい商売の種を探している商人の好奇心は、
一度火がつけば消しようがない。
「……仕方ねえな。コウタロウ、準備しろ。宣伝を兼ねて、
ここで一丁、魔王国の味を叩き込んでやるぞ」
「うすっ! 待ってました、師匠!」
コウタロウが威勢よく返事をし、屋台の暖簾を掲げる。
仕込んであった樽から寸胴へ移し、
魔導温熱器のスイッチが入る。
ドラゴンの骨と肉を煮込んだ濃密な香りが、
夕闇の広場へと一気に解き放たれた。
それは、この世界に存在するどの料理とも違う。
暴力的とも言えるほど鼻の奥を刺激し、食欲をそそる香りだった。
「魔王国から来たラーメンだ!
腹に余裕があれば是非食べてみてくれ!」
俺が声を張り上げるまでもなく、広場にいた連中のほとんどが、
磁石に吸い寄せられる砂鉄のように列を作った。
コウタロウはエプロンの紐を締め直し、
真剣な眼差しで麺を茹で始める。
「コウタロウ、相手は口の肥えた連中だ。手加減抜きでいけよ」
「わかってます! 師匠の顔に泥は塗りません!」
コウタロウの手つきは、この数ヶ月で驚くほど様になっていた。
平ざるを使い、一滴の無駄もなく湯を切り、
熱々のスープが張られた丼へと麺を落とす。
俺は代金を受け取りながら、次々と丼を客に渡していく。
最初にスープを口にした商人が、目を見開いて絶句した。
「――なんだ、これは……っ!」
そこからは、歓喜の声すら上がらなかった。
「熱っ!」
「ハフハフッ」
「ズズゥゥッ……!」
広場に響くのは、ただ一心不乱に麺を啜り、
スープを胃に流し込む音だけ。
誰もが、丼の中から片時も目を離さず、
飢えた獣のような必死さで完食していく。
おかわりを求める声が嵐のように押し寄せる中、
俺は裏手でひたすら丼を洗い続けた。
「地球なら大成功店間違いなしだな。しかし何杯食う気だ……」
現場で手を動かし続けるのは嫌いじゃないが、
この食欲の津波にはさすがに閉口した。ようやく列が途切れ、
腰を伸ばして一息ついた時だ。
一人の旅人らしき男が、
空になった丼を両手で持ったまま近づいてきた。
「……あんた、これ、本当にあんたたちが作ったのか?」
「ああ、そうだ。お口に合ったかな?」
「旨いなんて話じゃない。あんな食べ物、生まれて初めてだ。
この香ばしいスープ、プリプリとした歯応えの麺……。
だが、何より驚いたのは上に乗った薄い肉だ」
「噛みしめるたびに溢れ出すこの旨味の深さはなんだ?
一体、何の肉をどう調理すればこんな味になる?」
周囲で聞き耳を立てていた商人たちも、
固唾を飲んで俺の答えを待っている。
俺は手拭いで手を拭き、不敵な笑みを浮かべて答えた。
「ああ、あれね。……あれは、ドラゴン……だよ。
スープにも使っている」
一瞬の沈黙。その後、広場は爆発したような騒ぎになった。
「ド、ドラゴン!?」
「馬鹿な、この金額で食える訳ない!?」
商人たちは、驚愕の次に激しい落胆を見せた。
この世界の常識では、ドラゴンは一国の軍隊が総力を挙げて
討伐する対象であり、食材などあり得ないのだ。
もしドラゴンの肉が市場に出れば、
高位貴族すら手放す金額が動く。
絶望する連中の視線を、俺はあえて正面から受け止めた。
これが俺の狙いだ。
「お集まりの皆さん。このラーメン、そして魔王国の技術に
興味を持たれた方は、魔王国のガルードという商人を訪ねてくれ」
俺は周囲を見渡し、静かだがよく通る声で続けた。
「今は農国に向かう途中なんで商売の話はできねえが……
商人のガルードなら、あんたたちに
悪くない提案をしてくれるはずだ。
もしかしたら力になれるかもしれねえな」
俺は茫然自失としている連中を背に、
屋台の片付けを始めた。
キャベッツァ農国の首都に到着する前に、俺たちは一手打ち出した。
あとは、この話が広まり農国周辺に届くのを待つだけだ。
現場の仕事は、仕込みが八割。俺は次の展開を思案する。
そしてある事に気づいた。……飯食ってねぇ……。




