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マリッジ・コントラクト  作者: 星つむぎ
序章:最後のお見合い

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7/10

第七話「逃げ道は塞がれた」

……?

今、一瞬だけ見えたのはなんだったんだろう?

気のせいかと思えるほどの、ほんの僅かなゆらぎが九条さんから感じられた気がした。


「すみません、聞き間違いだったようです」


九条さんが苦笑を浮かべた。

私の滑舌が悪かったのかしら? 


「あ、いえ。私の方こそ、はっきり喋らなかったので」

「では、続きを話しましょうか」


九条さんは何事もなかったように、話題をもとに戻した。




***




「これで『契約結婚』の条件については、西園寺さんとしては異論はないということでよろしいですか?」

「はい、大丈夫です。特には問題ありません。何かあれば、その都度相談させていただきます」


残りの条件についての話し合いがまとまり、私はこの『契約婚』の話を受け入れた。

特に私にとって不利になる要素も、不満のある要素もない。今の、お見合い地獄から抜け出せるのであれば、契約という形であれ、『いい人』が見つかった事実は私にとって救いだった。

話が進んで、ホッと息を吐き出そうとしたその瞬間、控えめな足音が聞こえた。


「おまたせしました」


柳田さんと叔母が、席へと戻ってくる。

一瞬、視線が私たちに向けられたあと、柳田さんが軽く目を細めた。


「どうやら、話はまとまったようですね。いやぁ、良かった。お二人とも、最初から空気が合っているとは思っていましたが」

「そうですね。最初から雰囲気は悪くなかったですものね」


柳田さんの言葉に、叔母が同調して喜んでいる。


「ええ、問題なく」


九条さんのその言葉で、この話が正式に『決まったもの』になった気がした。

それなのに、感じるのは『安心』よりも『息のしづらさ』。

私は二人のやり取りを見ながら、ゆっくりと瞬きをする。


「……そうなんですね」


自分の声が、少しだけ遠くに聞こえた。


「西園寺さんが、とても素敵な女性であることがよくわかりました」


いい笑顔で、九条さんが話を進めていく。叔母の表情が完全に緩みきっている。

それもそうか、今回のお見合いが破談になれば、私は二度と、叔母の持ってくるお見合いには参加しないとまで公言したのだ。ここで話がまとまったことで、安心したのだろう。


「後は、数回交流をして、話を進めていければと考えています」

「うん。都度相談してくれれば、九条くんと西園寺さんに合わせられるよう、僕が調整しよう」


実感のわかないまま、九条さんと柳田さんによって、少しずつ外堀が埋められていくのを感じていた。


「ああ、そういえば。西園寺さん、連絡先を交換するのを忘れていましたね。これが私の連絡先になります」


九条さんから名刺を渡される。表には『柳田法律事務所』と記載があり、代表番号と九条さんの仕事用の番号が記載されている。裏を見ると、丁寧で読みやすい、それでも少し癖のある手書きの文字で、電話番号とメールアドレスが記載されていた。いつ書いたのだろう、と一瞬だけ思った。


「あ、はい。ありがとうございます」

「何してるの、翠。あなたも連絡先を渡しなさいな」


コソコソと叔母から指摘されるが、あいにく今日は、最初からハズレくじだと思って来ていたため、連絡先の準備はしていなかった。


──叔母に指摘されて慌ててメモを作る私に、九条さんの視線が静かに刺さる。


その理由は、まだわからないままだった。

2026.05.24 微調整。

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