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マリッジ・コントラクト  作者: 星つむぎ
序章:最後のお見合い

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6/10

第六話「ゆらぎ」

私の問いかけに、姿勢を正した九条さんは少し逡巡してから口を開いた。


「……理由はひとつではないんですが、大きな理由のひとつとして」


彼はそこで一旦、一呼吸置いた。


「自分でも説明しきれないまま、残っているものがあるんです」


……初めて、彼の感情が見えた気がした。

眉間にシワが寄る。


「説明しきれずに残っているものですか?」

「はい。私自身の問題になるので……あまり人に話すべきではないんですが」


ずいぶんともったいぶる。言いたいことが分からない。

けれど、契約を成立させるなら、この『目的』は無視できない。

お見合い地獄から抜け出すことが出来るなら、この『契約結婚』は私にとって渡りに船だ。


──ご破算になるのは避けたい。


どうするべきか迷っていたら、九条さんがまた軽く身じろぐ気配がした。


「端的に言えば、忘れられない人がいる。……というのが、一番近いかもしれません」


……どう、反応したら良いのかがわからなくなった。

普通に考えると、亡くなっているか、もう会えない人……?

そうして周囲からの圧力に対して、解決するために出した答えが『契約結婚』だった?

九条さんの視線は、いまだグラスに固定されたままだった。


「……その、すみません。お話しづらいことを聞いてしまいましたか?」


弁護士という仕事柄、そういう可能性があることを忘れていた。とても申し訳ない気持ちになる。

私の視線が自然とグラスに落ちていく。


「そういう話ではないんです。ただ、その人は私に人生の軸を教えてくれた人なので『特別』と言いますか……」


終始、落ち着いたトーンの声で話しているせいか、いまいち、読めない感じは拭えない。でも、九条さんが抱えているものが、ほんの少しだけにじみ出てきた気がした。


「すみません。なんだか、重い空気になってしまいましたね」

「いえ。……では、他の条件について、教えていただけますか?」」


話がそれてしまったから、もう一度条件面の話の整理に戻す。

今、提示されている条件は、今日を起点に婚約、『同棲』という名の『ルームシェア』開始、そして半年後の十一月に入籍。

その半年後に結婚式という段取りだけ。


「ええ、そうですね。ただ、そこまで厳密に決めているわけではなく。細かいことは、きちんと話し合いをして決めていこうかなと」

「それは、家の中でのことですか? 夫婦として過ごすとなる以上、また別の角度から周囲の圧力がかかると思うんですけど……」


お互いに経験している以上、外部圧力についての対応や、条件なんかを整理しておいたほうが良い気がして提案する。


「しばらくは、二人の生活を楽しみたいとでも言って誤魔化しましょう。なにか言われたら、一度持ち帰ってお互いにすり合わせをする。それくらいで十分かなと……」

「では、相談して適宜対応していく、という認識でいいですか?」

「そうですね」


思案顔の九条さんの表情が、話の内容が通じたからか、柔らかな表情へ戻っていく。

細かいことは、相談して決めていって調整、適宜対応……と。

頭の中で、まとめ直しながら視線をグラスに落とすと、手に触れるグラスの汗は引いて、ぬるくなっていた。


「それなら、まあ……なんとかなりますね」

「え? ……今、なんと?」


反応した九条さんの声が上ずっていた。

私、何かおかしなこと言ったかな?


「えっと……なんとかできそうだなと思って、そうつぶやいたんですが……」


九条さんがほんの一瞬、言葉を失ったようだった。

視線がわずかに揺れる。

……けれど、すぐに何事もなかったように整えられた。


「……そうですか」


2026.05.24 大幅改稿。

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