第三話「わずかに変わる空気」
「柳田先生、九条さん。お待たせしてしまって申し訳ありません」
叔母が声をかけるのと同時に、私も軽く頭を下げる。
二人の視線が同時に、こちらを向いた。柳田さんが、穏やかに頷いて立ち上がる。
「いいえ。お二人とも、ご足労いただいてありがとうございます」
隣りにいた九条さんも静かに立ち上がって、丁寧に一礼する。
「はじめまして、九条 秀一です」
「はじめまして、西園寺 翠と申します」
私も、一礼して挨拶をする。
向かい合ってみると、九条さんは整った印象の人だった。
癖の少ない黒髪を撫でつけて、過度に主張しないスーツ姿。
体格も目立つわけではないのに、姿勢だけは崩れない。
視線を合わせても逸らしても、距離が掴めない。
……普通、だよね?
そう思いたいのに、引っかかる。
「お二人ともどうぞ、お掛けください。まずは、少し雑談でも」
「ありがとうございます」
柳田さんが進行役を買って出てくださり、私は叔母とともに席に着いた。
「まずは、何か飲み物を注文しましょうか。西園寺さんは何を飲まれますか?」
控えめなトーンの落ち着いた声で、柳田さんが私に飲み物を聞いてくる。差し出されたメニューを見て、この場において一番無難な紅茶を選んだ。
「私は……紅茶を」
「では、私も同じ物を」
九条さんが静かに、けれどはっきりと私のあとに続いた。声は、とても落ち着いていて、芯のある響きだった。
……安心感? いや、整いすぎている。そんな印象に近い。
九条さんの印象がまとまらないまま、柳田さんと叔母がそれぞれ飲み物を注文して、さらに柳田さんの進行で話は進む。
「今日はとてもいい天気になりましたね」
「ええ、本当に。せっかくの振袖が汚れずに済んで、ホッとしておりますわ」
……天気の話から、振袖に話題を振る叔母にわざとらしさを感じつつも、私は下手に突っ込んで穏やかな雑談の邪魔をせずに、気配を消す。
早く終わって欲しい。
たまに私や九条さんに話題を振りつつ、叔母も柳田さんも自然に離席のタイミングを探っているのがわかる。
九条さんは時折、私に視線を向けながら、短く相槌を返していた。
彼から視線を感じて、そちらへ目を向ければ、九条さんは穏やかに微笑む。
……どうにも、掴めない。
そう思いながら、届けられた紅茶を一口飲んだ。
***
しばらくして、飲み物のカップの底が見え始めた頃、柳田さんが周囲を気にし始める。
「少し、周囲が賑やかになってきましたね。場所を移しましょう」
そう言うと、サッと柳田さんが立ち上がり、少し遅れて叔母が席を立つ。
叔母に続いて、私も動いた。気がつけば、九条さんも静かに、移動をしている。
柳田さんの先導で歩いていくと、人の話し声が少し遠のき、静けさが濃くなった。
足音はカーペットに吸い込まれる。
案内された席は、先程よりも静かな半個室。
全員が着席して、一瞬、音の存在が消えたような静けさがその場に落ちる。
少ししてホテルの給仕の人が、それぞれにお冷を用意してくれて、その場を去っていった……。
「こちらの方が落ち着きますね」
九条さんが穏やかに言うと、その場の空気がわずかに変わった。
「……そうですね」
軽く警戒しつつ相槌を打つ。
ふいに、柳田さんがスマホを確認して立ち上がった。
「少し、所用ができたので、席を外しますね」
「なら、私がいてもお邪魔でしょうから、あとは若いお二人でお話を」
柳田さんの離席に便乗して、叔母が席を外す。二人はそろって、別方向へ離れていった。
違和感と警戒心ですでに疲労困憊のまま、二人きりになってしまう。
──本当に今すぐ、帰りたい。
2026.05.24 大幅改稿。




