第29話「視線」
勉強会が終わって、事務所のビルの講義室の片付けを始める。
会場入口では、土屋先生と柳田さん、九条さんの三人が何か真剣な表情で話し込んでいた。
「西園寺さん、これ、どこに仕舞いますか? 参加のお礼の品みたいですけど……」
日下さんの持っている箱の中には、事務所のロゴが大きく入れられたケース付きのハサミが入っている。
土屋先生発注の、謎のノベルティだ。
……おかしい。
事前に真里さんと相談して、配布しない段取りで事務所の中に隠していたのに……。
なんで会場に置かれているの。
段ボールにはデカデカと、ちょっと歪んだ字で『御礼品』と書いてあった。
……悩むべくもないな。
「責任持って、土屋先生に処分させましょう」
「……わかりました」
思わず、声が低くなる。
日下さんは困ったように笑っていた。
──余計な仕事増やして!!
***
名入りのハサミのノベルティが出てくるという、よく分からない事件が発生したけど、会場の片付けを終えた。
というか、同じビル内にある、うちの事務所名義で借りている講義室なので、片付けは最小限で済んだ。
あとは事務所へ戻って、講義室の鍵を返却したら帰れるんだけど……。
「まだあの三人、あそこで喋ってますね」
「……何か難しい話でもしてるのかな?」
片付けが終わるまでおおよそ一時間。
講義室の入口のところで、土屋先生と柳田先生、そして九条さんの三人が妙に難しい顔で立ち話をしていた。
時間を見ると、間もなく十九時。
日下さんは、気づけば一時間近く残業している。
「日下さんは、今日はもう帰ってください。残りは私がやっておきます」
「はい、わかりました。お疲れ様です」
「お疲れ様です」
日下さんは私に一礼して講義室を出る。
彼女の出ていった出入り口の鍵を閉めて、話し込んでいる三人の下へ。
「すみません。そろそろ鍵を閉めたいんですけど……」
「あ、悪い。施錠は俺がやっておくから……九条くん、西園寺さん送ってやってくれない?」
土屋先生に声をかけると、私の手にあった講義室の鍵を取り上げられてしまう。
……話の邪魔をしてしまっただろうか?
「翠さん、荷物は?」
九条さんと目が合うと、声をかけられた。
表情は先程までと違って柔らかい。
「事務所に置いてます」
「んじゃ、西園寺さん荷物取りに行って、さっさと九条くんと夕飯にでも行ってきなさい」
「わかりました。では、お疲れ様でした」
茶化されるたびに、真面目に反応していたら思うツボなので淡々と返事をする。
「あ、みどりん。あのノベルティ、余ってるなら一個持って帰ってもいいよ」
「要りません!」
──最後の最後で、しっかり反応してしまった。
***
事務所まで荷物を取りに行き、講義室の入口まで戻ると、すでに土屋先生と柳田さんはいなくなっており、九条さんだけが待っていた。
「翠さん。時間、問題ないようでしたら、夕飯食べに行きませんか?」
「はい、ぜひ。あ、せっかくなので、この近くのおすすめのお店に行きませんか?」
「ぜひ」
二人並んでビルを出る。
そこでふと、何か気配のようなものを感じた。
以前、感じた視線と似たような、ちょっと気味悪いものだ。
気になって振り返る。
? 今、誰か──路地に入った?
振り返った時には、もう何も見えなかった。
「翠さん。どうしました?」
「あ、いえ。なんでもないです」
今日は勉強会だったり、片付け中の妙なものの発見だったりと、いろいろあったから気疲れしてしまったのかもしれない。
ちょっと過敏になっているのかも。
「今から行くお店なんですけど、いつもは予約して行くんです。韓国料理店なんですけど」
「へえ、それは気になりますね。翠さん、辛いものとかは平気なんですか?」
「わさび系なら平気です。唐辛子系はものによる……かな? キムチは大好きです」
「なるほど。僕とは逆なんですね。僕は、唐辛子系はわりと平気なんですよ。わさび系は……お菓子なら平気なんですけど」
「そうなんですか? ちょっと意外です」
雑談しながら、お店に向かってのんびり歩いていく。
内容はほぼ、食事に関連することばかりだったけれど、九条さんとの会話はとても楽しい。
やっぱり、お料理をされると聞いてから、会話がしやすくなった気がする?
同じ目線で話ができるものだから、つい、はしゃぎそうになってしまう……。
そして食事の席で次の日曜日に新居のファブリック系を見に行く約束をして、その日は帰宅した──。




