第28話「勉強会」
楽しかった九条家とのみなさんとのご挨拶から数日。
土屋先生の主催で、勉強会が開催されることになった。
私は今日、受付担当として会場に入っている。
いつも受付はベテラン事務員の真里さんと、他数名の派遣社員の方が対応している。
けれど今日は、真里さんがご家族の都合で不在のため、私が軸になって派遣社員の方に指示を出して、受付対応をすることになった。
さっきからネクタイを緩めて、受付の前の廊下をうろうろと歩いているうちの事務所の代表。
──誰かを待っているなら、中で待てとさっきも言ったのに!
「いよう~柳田くん~久しぶり!」
間延びした声で、土屋先生が柳田さんに声をかける。
入口のところで、柳田さんと九条さんが会釈しているのが見えた。
──未だに、彼を『秀一さん』と呼ぶことに慣れなくて、『九条さん』呼びのままだ。
今日のお二人は、落ち着いた印象のスーツに身を包んでいる。九条さんはいつも通り、濃紺のスーツで同系色のネクタイには織柄入り。シャツは薄いグレーで上品な印象。柳田さんはテラコッタ色のスーツとベージュのシャツで、アクセントとしてマスタードカラーのネクタイ。なのに、不思議と調和が取れているから、お洒落だ……。
落ち着いた印象が、基本的に崩れることがない人たちだ。
お二人から視線を戻して、目の前で資料の段取りの邪魔をしてくる、土屋先生に声をかける。
「土屋先生。そこに手を置かれると、資料が取れないんですけど……」
「え? おお、すまん。みどりん」
このおっさん、一回誰かにしばかれればいいのに。
土屋先生への苛立ちを受け流している間に、柳田さんと九条さんが資料を受け取りに来られる。
九条さんは、かなり硬い表情になっている。
最近、少しだけ表情が読み取れる瞬間が増えているような……?
「土屋先輩。うちのエースをからかわないでくださいよ。今、本人必死なんですから」
「はは。すまん。悪かったって。九条ちゃん。へそ曲げんなよ」
「……別に、気にしてませんよ」
いつ、土屋先生が九条さんをからかったのだろう?
土屋先生、今、九条さんへ何かしら合図でも出したの?
見えている範囲では、私には分からなかった。
「お二人ともご足労いただいてありがとうございます。こちら、今日の勉強会の資料になります」
「ありがとう、西園寺さん」
「ありがとうございます」
資料を柳田さん、九条さんの順に渡す。
その時、九条さんの表情がほんの少しだけ和らいだ。
「そういえば、お見合いからトントン拍子で話が進んでるみたいだけど、仕事終わりとか会ってるの?」
土屋先生が、私と九条さんをからかうように声をかけてくる。
「いえ。ちょうど今、抱えている案件が大きく動いているので、そこまで時間は取れていません。メッセージのやり取り程度です」
「うちの事務所は小規模だから、何でも屋状態になりやすいですからね」
「柳田先生、やめてください。僕、そんなに優秀じゃありませんよ」
照れくさそうに、九条さんが訂正をかける。
土屋先生がにやにやと笑っていた。
ふざけたりしなければ、土屋先生って優秀なんだけどなぁ……。
「土屋先生。お二人に絡んでいたら、準備が進まなくなりますよ……」
指摘しても土屋先生はにやつくだけで、柳田さんと九条さんは慣れているのか、揃って苦笑しているだけだった。
私も適当に受け流せるようになりたい。
「西園寺さん。すみません、飲み物の箱がひとつ足りなくて……」
派遣社員の日下さんが困ったように声をかけてくる。
「え? 全部で八箱あったはずだけど……私、発注間違えたんですかね?」
「事務所の入口に置いたときは八箱ありました。一箱ずつ会場に持ってきてたんですけど……」
つまり、今朝の段階では全部あった。急に一箱だけ行方不明って……。
「あ! 倉庫は? 昨日までは倉庫に置いてたから、見落としてるとかはないですか?」
「はい。見落としようがないかと……」
「あ、それ、『犯人』俺かも」
資料で仰いでいた土屋先生が挙手する。
思わず、眉間にシワを寄せながら、呆れた顔になってしまった。
「どこへやったんですか。正直に言ってください」
「事務所の冷蔵庫前。そこならいいかなと思ってさ」
良かれと思って行動することは構わないけど、なんで誰かに伝えないんだ、このおっさん……。
「今度から移動させるときは、誰かにひと声かけてください。日下さん、ごめんね」
「はい」
「土屋先生、真里さんが出勤してきたら覚悟しておいてください。報告しますので」
「え!? ひどくない? 俺悪いことしてないよ!?」
苦笑してから日下さんは飲み物の箱を取りに行った。
騒ぎ立てる土屋先生を無視して、私は他の人へ渡す資料の準備を進める。
柳田さんと九条さんも苦笑していた。
──ほんっと、このおっさん、一回誰かにがっつりしばかれればいいのに。




