第27話「楽しい一日」
「翠さん? どうかしましたか?」
「あ、いえ……。ここ、ちょっと冷房が効きすぎてるのかなと。少し寒く感じるなって……」
「言われてみれば、なんかちょっと寒いよね。移動する?」
美希さんも寒さを感じていたらしい。
やはり、私の勘違いだったようだ。
「それなら、そろそろ昼になるし、レストランへ行こうか。ホテルのレストランでも良いけど、この近くに美味しいお店があるんだ。せっかくだし、そこへ行こう」
お義父さんの提案でホテルから少し行ったところにある、レストランで昼食をとることになった。
席を立って、先頭にお義父さんお義母さん、その後ろを私と秀一さんと美希さんの三人がついてく。
「歩いていける距離なんですか?」
「いや、車で五分くらいかな?」
「じゃ、お母さんと私とお父さんの三人と、お兄ちゃんとお義姉さんの二人組に分かれちゃうのか……。私、お義姉さんとおしゃべりしたかったな~」
場所はどれくらいの距離なのかをお義父さんに確認したら、車で五分程度の距離だという。
こちら方面へ来ることがめったになかったため、土地勘はほぼない私が悩んでいると、美希さんが私と一緒に移動したいと言い出した……。
気のせいかな? すごく……懐かれている?
普通に『お義姉さん』呼びされている。さっきまで『翠さん』だったのに。
私、なにかしたっけ?
「悪いが、V8は二人乗りだ。諦めろ。どうせ店についたらそこで話せるんだから」
「ケチ!」
「ケチで結構……」
……なんか、お二人の関係って良いな。
九条兄妹のやり取りを微笑ましく見ていたら、少し前を歩いていたお義母さんが私を振り返る。
「翠さんって一人っ子だったわね?」
「はい。一応、親戚には『兄』と呼べる人はたくさんいて、一番上はひとまわりくらい歳が離れています」
問いかけに、従兄たちを思い浮かべる。
……なんだろう、あんまりロクな思い出がない気がしてきた。
「じゃあ、お義姉さんて親戚じゃ『紅一点』だったんだ?」
「えっと……どうなんだろう?」
なんか、『紅一点』という言葉がしっくりこない。
上の従兄たちが二十歳になるころに、私が小学校一年生とか二年生とかくらいだったし。
扱いとしては、確かに可愛がられていたのかも?
聞かれたことに悩んでいると、気づけばホテルのエントランスの風除室に入っていた。
むわっとした夏特有の蒸し暑い空気に、意識が外へ向いた。
「うわ、あっつ……。そろそろ梅雨明けなのかな?」
「……今のところ、気象庁はなんのお知らせも出してないね?」
美希さんが風除室内から外に出て、開口一番梅雨明けの気配を気にしていた。
私も気になったから、スマホを取り出して梅雨明けのお知らせが出ていないかを確認してみる。
何のお知らせも出ていないのをチェックしたあと、スマホを仕舞って駐車場へ視線を向けた。
……多分、あの木の辺り、まだ音が小さい気はするけど、セミが鳴いてるように聞こえる。
「セミ、鳴いてますね。あの辺り」
「気のせいかなって思ってたんですけど……鳴いてますよね?」
秀一さんが車を止めた辺りの木に、朝からセミが鳴いていたはずだ。
ただし、その時はまだ一匹くらいだったように思う。
今はお昼前。ちょっと増えている……?
「セミが鳴きだしたら、梅雨明けだな……。気象庁よりも正確だぞ、昆虫は」
少しだけ先を歩いていたお義父さんが言った。
なんか、詳しいな……?
進路指導以外、お義父さんから授業は受けた経験がない。そう言えば、先生って何の教科を受け持っていたんだっけ?
「父は進路指導のほかは、学年主任やりながら三年の生物を教えていたんです。翠さん、知ってますよね?」
「あ、うちのクラスは別の先生だったので、そこまで詳しくは……」
お義父さん、生物教師だったのか。
うちのクラスは、池田先生という人が受け持っていた。お義父さんとは進路指導でしか顔をあわせる事がなかったな、そう言えば……。
あの当時、自分の目標のためにどう勉強するべきかと、何を学べば良いのかに注力していたし。
「自分の進路について必死だったから、俺のことなんて『進路指導の先生で学年主任』程度の記憶しかないだろう」
お義父さんに笑われてしまった。
事実、そのとおりなんだけど。
とにかく、司法書士を目指すには、まず、基本の法律を勉強するべきかなと思ったのだ。
法律って難しいから、他のことが蔑ろになっていたことは、申し訳ないと思うけれど……。
「じゃ、秀一。前に教えた店で合流だ。安全運転で連れてこいよ?」
「分かってるよ……」
お義父さんの『安全運転』の言葉に、秀一さんが憮然とした反応をする。
危ない運転をしているところを見たことも、体験したこともないから、ちょっと意外だった。
「行きましょうか」
「はい」
そうして、お義父さんのおすすめのお店に行き、お義母さんと美希さんの趣味が私と同じ料理とお菓子作りだと知って、実に盛り上がった楽しいご挨拶の一日となった。




